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ある夜のデート



「桐生ちゃん。プロジェクションマッピング見に行こうや」
夕食後、二人で後片付けをしている時に、真島が不意にそう言った。
「ぷろじぇく……何だって?」
聞き返すと「プロジェクションマッピングや」と、ゆっくりと明瞭な発音が返る。けれど聞き慣れない言葉は耳に馴染まず、右から左へと抜けていく。見に行こうと言うからには何かしらのイベントだろうか。新作映画か?と首を傾げると、真島は呆れた顔をした。
「ほんま流行りの話題に疎いのぉ。都庁で最近始まったやつや。昼にワイドショー見とらんのか?」
「俺だって暇してテレビばっかり見てるわけじゃねぇ。それに昼は……」
言いかけて口を閉ざす。昼は真島が仕事場から急に帰ってきて気が済むまで甘えてゆく。流れで身体を求められる事もしょっちゅうだった。のんびりとワイドショーを見る時間を奪っている自覚は、本人にはまるで無さそうだったが。
「ともかく、そいつを見に都庁まで行きてえって話か」
「せや。でっかい都庁舎の一面使って派手な映像がバーン!と映るんや。綺麗らしいで」
洗ったばかりの皿を渡すついでに真島が擦り寄ってくる。
「なぁ、たまにはデートしようや」
ええやろ?と微笑まれては、桐生もノーとは言えなかった。



音と光の洪水。ありきたりな表現だが桐生にはそうとしか表せなかった。天高く聳える都庁舎の壁面全体をスクリーンにして、様々な映像が音楽と共に移り変わっていく。思わず「すごいな」と呟くと、真島から「せやろ」と短い返事が返った。
「……けど、ちぃと長いなぁ。飽きてきたわ」
十五分しかない上映時間の半分も過ぎない内に、真島はもう興味を失ってしまったらしい。都庁舎を見つめる桐生とは正反対に、真島は辺りをぐるりと見渡していた。
「なぁ、桐生ちゃん」
「なんだ、兄さん」
目線は動かさず答える。ちょうど映像が切り替わり、今度は滝を登る鯉が現れたところだった。
「チューしてええ?」
「……人がいるだろ、我慢してくれ」
「みんな夢中で見とるし、誰も気がつかへんって」
壁面にもたれた二人の前にはカップルや観光客の人集りができている。真島が言う通り、皆揃って映像に釘付けになっていた。
「あかん?」
桐生は黙って前を見つめ続けた。それを返事だと理解したのだろう、真島はもう何も言わなかった。一瞬だけ視線を外して彼に目をやると、つまらなさそうな横顔が目に入る。自分から誘った癖にと思いながら、真島の手を包み込むように握った。
「桐生ちゃん?」
「今はこれで勘弁してくれ」
「……ええよ。今は、な」
真島が笑ったような気がしたが、都庁舎に目を向けていた桐生には、本当のところはわからなかった。


(了)
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