短編

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『俺らのメジャーデビュー5周年を記念していくつか企画を用意しました!まずは───』





「優輝、樹。話があるんだ」
「ん?どした」


 優輝と樹は手元で再生していた動画を止めると僕の方に視線を向けた。


「結論から言うと僕とバンドを組んでほしいんだ」


 僕の口から思いもよらない言葉が出たのか2人は顔を見合わせ、再び僕に視線を戻す。


「…バンドって、あのバンド?」
「俺とぞのと羽奏の3人で?」
「そうだよ」


 いくらなんでも無理な話だっただろうか。それもそうだ。話が急すぎるし音楽にそこまで興味がないかもしれない。それに楽器経験だってないはずだ。やっぱりこの話はなかったことに────。


「なら俺はやっぱりギターだな!かっけーし、何よりめっちゃ目立つ!」
「いやいや何言ってんだよ、ぞのには荷が重いだろ」
「はあ!?神田には譲らねーからな!?」
「えっ、ちょ、ちょっと待って。い…いいの?」


 僕がそう2人に問いかけると満面の笑みでこう答えるのだ。


「そんな楽しそうなことやらないわけねーだろ!」
「それに羽奏がこんなこと言い出すの珍しいしね」


 優輝と樹は僕の大切な友達だ。この話を持ち出すのも実は直前まで迷っていた。笑われるんじゃないかとか、俺たちには無理だよとか、そんなこと言われると思っていた。でも返ってきた言葉はとても暖かくて、優しさに溢れている。よかった。僕は本当にいい友人に恵まれた。


「そうと決まりゃ書くか!」
「書くって何を」


 樹はピシッととある張り紙に指さす。なんだろう嫌な予感がする。


「待って、僕は別にそこまで…」
「大丈夫!全て俺にまかせとけって!」
「樹!?」


 そう言い残して樹は教室を飛び出した。バンドを組んでほしいと言っただけでまだ内容を説明していないのにも関わらずだ。呆然としていると優輝に肩をポンと叩かれ「ま、仕方ないな」と憐れむような言葉を投げられるのであった。





「あのね?僕は別にステージに立ちたいわけじゃないんだよ。僕の好きなバンドがコピバン企画をしてるから僕も動画撮って送りたい、ただそれだけなんだよ。それなのに君は…」
「だってよー!バンドって言ったら文化祭じゃんか!ちょうどステージ出演者募集してたしいい機会だろ!なあ神田!?」
「俺に同意を求めんなよ…。でも一理あるかな。思い出作りにもなるし、なにより楽しそうだし!」


 その言葉に僕は少し頭を悩ませた。確かに2人の言葉には説得力がある。スタジオで撮った動画よりもライブにした方が盛り上がるだろうし、見る側も嬉しいかもしれない。


「はあ…まあいいよ。もう提出しちゃったんだし…。それで2人は楽器やったことある?」


 優輝と樹は揃って首を横に振った。


「だよね。じゃあまずは楽器始めるところからか…うーんさすがに文化祭だけで楽器を買うのももったいないし…」
「それなら軽音部に友達いるから借りられないか聞いてみるよ。ちょっと待ってて」


 優輝はそう言うと視聴覚室へと向かった。こういう時、優輝の交友関係の広さには頭が上がらない。僕には持ち得ないものだ。


「…なんかとんとん拍子に話が進んでいくな…」
「不安か?」
「まあそれもあるけど…僕だけじゃここまでやろうと思ってなかったから、ちょっとわくわくしてる」
「ちょっと、じゃないだろ」
「うん。かなり」


 僕がそう答えると樹は太陽のようにニカっと笑った。


「おーい、使える時間は限られるけど備品の貸してくれるって」
「ナイス神田!そうと決まれば行こうぜ羽奏!」
「うん!」





 軽音部の人に楽器を借りて軽く触った結果、担当楽器は優輝がギター、樹がドラム、僕がベースということになった。僕は元々ベースの人が好きで同じモデルのものを買って触っていたのもあって融通を効かせてもらったのだ。樹はギターがいいって駄々こねてたけど優輝が上手く丸め込んでくれてドラムに落ち着いた。


「楽器が決まったところで肝心の演奏する楽曲なんだけど…」


 あらかじめ用意しておいたプレイリストを再生する。今回演奏予定の楽曲は3曲。ひとつは映画の主題歌に起用された誰もが知ってるメジャーな曲。もうひとつはライブで盛り上がる鉄板曲。そして最後の一曲はメッセージ性の強い前を向く曲だ。


「かっけーけどリズム早いしできっかな…」
「なんだよ、ぞの弱気じゃん」
「は?別にそんなことないし、余裕でできるし」
「大丈夫、僕もこの3曲はやったことないからスタートはみんなと一緒だよ」
「んじゃ!そうと決まればやることは一つ!2ヶ月後の文化祭に向けて頑張ろうぜ!」


 その日から僕たちの特訓の日々が始まった。放課後は基礎的なことを軽音部の人たちに教わりながら楽器に触れ、休み時間は曲を聴いて音楽を叩き込み、休日はスタジオを借りて練習した。優輝はさすがハイスペックというべきだろうか。飲み込みが早く、あっという間に慣れた手つきでギターをかき鳴らしている。樹は最初のうちは上手くいかなくて騒いでたけど今は基礎をモノにしている。僕は特別上手いってほどではないけど安定して演奏することができる。この調子なら本番には形になりそうだ。


「なあ一度合わせてみねえ?俺ちょっと自信ついたし!」
「いいじゃん。じゃあこの曲やってみる?…あ、てかボーカル決めてなくない?」
「ああ。それなら大丈夫」


 このコピバンをすると決めた時に譲れないものが一つあった。僕の大好きで大切な人生の一部でもあるこのバンド。感謝の気持ちは自分で伝えたい。だからこそ。


「僕が歌うから」





 月日は過ぎ本番はいよいよ2日後に迫っていた。文化祭まで1ヶ月を切る頃にはクラスの出し物の準備を手伝いながら練習の繰り返し。僕のクラスは学校全体を使った謎解きを行う。いろんな箇所にチェックポイントを設置し校内を逃げ回っている複数の怪盗から本物の探す内容だ。まあこれに決まった理由は怪盗姿の優輝を目玉にして出し物の投票数一位を獲得するという目論見があるらしい。当日は僕たちも怪盗姿で参加するけどステージの時間には抜け出せるように調整してある。


「最初はどうなるかと思ったけど意外と形になるもんだな」
「本当だよな!あー俺すっげー楽しみ!!な、羽奏?」
「…うん」
「どうしたんだよ、もしかしてもう緊張してんのか?」
「…緊張と不安とわくわくが混ざってすごく変な感じなんだ。誰かとこんなことするなんて今までなかったから。なんか、うまく言葉にできないんだけど」


 そう、この気持ちを表すなら────。


「“青春”ってやつだろ」
「…うん、そうかも。2人とクラスのみんなと青春できて嬉しいんだと思う」
「なんだよ羽奏〜!そんなに嬉しいか〜!!」
「じゃあもう帰ろうか」
「そうだな。じゃあな、ぞの」
「おい!置いていくなっての!!」




翌日。

 文化祭1日目が開催された。僕たちが出演する日は2日目なので、今日は午前中は写真部の展示で受付当番をして午後は樹と文化祭を回ることになっている。と言っても部室棟の奥にある写真部の展示なんてそんなに人が来ないので基本的には暇を持て余すことになるんだけど。賑わう教室棟に比べて静かな時間が過ぎていく。小説を読みながらたまにくる来場者に説明をし、交代の部員が来るまで暇を潰す。


「お疲れ様です!受付変わりますね」
「お疲れ様。午前中はこれだけ来たからあとよろしくね」
「了解です!あ、そうだ三崎先輩!明日ステージ上がるんですよね?俺見に行きますから!」
「…うん、楽しんでもらえるように頑張るよ」


 後輩にも知られていたのか。まあそうだよな、ステージのプログラムには名前が載ってるはずだし。


“見に行きますから!”


「おー!羽奏おつかれ!…って何だよなんかいいことあった?」
「うるさいな、何でもないよ。それより何なのその格好は…」
「お前は宣伝大使だからって実行委員のアイツに付けられた」
「…ちょっと離れて歩こうかな」
「羽奏ーーーー!!!!」





 文化祭2日目。いよいよ本番当日。僕たちの出番は15時からの予定だ。それまではクラスの手伝いなんだけれど…。


「やば!神田やっぱり素材が良すぎる!企画してよかった〜!!!」
「あんたがうちの稼ぎ頭よ!宣伝も忘れずにしてきてよね!!」
「なあ〜俺午後はステージあるからな〜?」
「わかってるって!」


 昨日もそうだったらしいんだけど優輝の怪盗姿はそれはもう大好評だったらしく、校内の女子はもちろん来場客からも写真を求められたらしい。さらにそれがSNSに掲載されると瞬く間に拡散され、今日は優輝目的で来場する人がいるだとか…。こんな漫画みたいな話を目の当たりにするといよいよ自分はどこかの物語のモブなんじゃないかと思えてくる。


「てか!三崎くんも超似合ってる〜!これは今日期待大ね…!」
「そう…?」
「なあなあ!俺は俺は!?」
「前園はー…まあいいんじゃない?」
「はあ〜〜〜〜〜〜!?!?!?!?!?」


 教室で盛り上がっていると校内に文化祭開場の放送が響き渡った。


「じゃあ午後に体育館集合で」
「うん、またあとで」
「がんばろーなー!」


 とは言ったものの既にちょっと緊張している。本来の目的は僕の好きなバンドにコピバンしている姿を動画に収めて送るのだ。撮影は優輝の妹さんにお願いしている。機材を扱うのは慣れているらしいので優輝を通してお願いした。本当に優輝の周りには頼れる人が多いというか…。


「あ!怪盗さーん!」


 その言葉を聞いてハッとする。いけない。今はクラスの手伝いに集中しないと。


「こんにちは、お嬢さん。早速だけど僕の出題する謎が解けるかな」





「わりーちょっと遅れた!…あれ?神田は?」
「それが────」


 僕は樹に耳打ちで状況を伝えた。


「はあ〜〜〜〜!?!?!?!?女子に囲まれて身動きできない〜〜〜〜!?!?!?!?!?」
「なんとかするとは言ってたんだけど連絡来なくて…」
「あいつ何やってんだよ〜、あとでファミレス奢り決定だな」
「でもステージもちょっと押してるみたいだからまだ余裕あると思う。ひとまず僕たちは待機してよう」


 そうは言ったものの内心不安だ。ベースとドラムだけじゃ完成しない。優輝がいないと意味がないんだ。それに優輝を見にきてる人だっている。悲しませる顔なんてさせたくない。

 ──それから時間は過ぎ、ついに僕たちの出番となった。優輝からの連絡はないままだ。


「おい羽奏!今から出番ずらしてもらえるか頼もうぜ?後ろにあと2組残ってるし───」
「…いや、出よう」
「はあ!?まじで言ってんのかよ!?」
「大丈夫、優輝なら来る」


 樹に拳を突き出す。頑張ろうとか、気合注入とかそんな思いが詰まった拳。樹は不安そうな顔をしていたけどすぐに覚悟を決めた顔に切り替わった。この場をどうにかする考えなんて何にもないけど、今は不思議とどうにかなりそうな気がしている。


「続いてのステージは3年1組三崎くん、神田くん、前園くんによるコピーバンドになります」
「…あれ?2人だけ?」
「神田先輩いなくない?」


 ざわつく観客。これくらい想定内だ。さあどうする。僕は樹みたいに饒舌ではないし、優輝みたいにうまくやれるわけじゃない。僕が今できること、それは────。


「…全く、君は本当に漫画の主人公だよ」


 突然、体育館の重たい扉がゆっくりと開き館内に光が差し込む。そしてその光の中に佇むのは1人の怪盗。


「おまたせ…!ライブにはやっぱ観客が必要だよな!?」


 後ろには大勢の人の姿があった。男子生徒から女子生徒、小さな子に保護者の方まで。


「おせーぞ神田!早くしろ!」
「ごめんごめん!俺このままでいいよね?」
「あー…っと準備はよろしいでしょうか…?」
「大丈夫です、すみません」


 さあ始めよう。僕たちの音を届けるために。





「かんぱーい!」


 ファミレスの一角でグラスを鳴らす音が小さく響いた。


「いや〜本当ごめん!まさかあんなに囲まれるとは思わなくて…」
「ふざけんなよな!?今日お前の奢り決定だから」
「わかってるって。羽奏も遠慮しないで頼んでいいから」
「それじゃあ…これとこれ、あとこれをセットにして…」
「容赦ないな」


 文化祭のステージは無事大成功を収めた。緊張でミスをしたけれど優輝がそれをカバーし、MCでは樹が客席を盛り上げ、僕は精一杯歌を届けた。時間にしてほんの数十分。だけどその数十分が永遠のように感じるくらい最高の時間だった。忘れられないステージからの景色。写真に残しておきたいくらい眩しく綺麗で、それを知っているのが僕たち3人だけなのがもったいない。


「お、妹から動画届いた。チャットに送っとく」
「そういや応募期限っていつまでなんだ?」
「確かもうすぐ締切だったような…あ」


 応募ページの概要欄をスクロールして僕は思わず息を呑む。なぜなら応募締切が今日の23:59までだったからだ。時刻は20:18。まだ間に合う時間だが見やすいように編集しておきたい。今から帰って編集すればまだ間に合う。けど僕の技術でどこまでできるか────。


「2人ともごめん。もう少しだけ僕に付き合ってほしいんだ」





数ヶ月後────。


「優輝、樹。話があるんだ」
「ん?どした」


 優輝と樹はカードゲームを中断すると僕の方に視線を向けた。


「結論から言うと動画すごく好評だったんだ」


 スマホを操作し僕は“ある動画”を2人に見せる。


『この度はコピバン企画にたくさん応募してくれてありがとうございました!俺らの方でちゃんと全部見ました!』


「これって羽奏が応募したやつ?」
「うん。見てほしいのはここからなんだ」


 シークバーを少し進め再生する。


『今回ね、文化祭と被ってるところが多かったみたいでステージで演奏してる動画がたくさん届きました!その中で俺が好きだなと思ったのがこの3人!』
『1人なんかイケメンで怪盗姿のやつね。編集も自分たちでしたのかな?すごく見やすかったです』
『ドラムの子のMCもよかったー!俺もあれくらい喋れたらMCに困らないんだけどね』
『そう!そうなんだよね!そして真ん中のベースボーカルしてるこの子!俺と同じモデルのベース使ってくれてるんだよ!これは俺のファンってことだよね!?』


 画面の中にいる僕の憧れの人は興奮気味に話をしている。


『もちろん同じモデル使ってくれてる子は他にもいました!みんなありがとう!続いては────』


「…っていうことなんだけど。ちょっと何その顔」
「何って…羽奏こそなんだよ〜?」
「それで平常心装ってるつもりか〜?」


 樹が僕の脇腹をつん、と突けば口から小さく喜びの声が漏れ出た。そしてそれに続くように樹と優輝も喜んだ。

 あの日、僕たち3人は急いで僕の家に行き動画を編集した。別に賞がもらえる企画じゃないから編集する必要なんてなかったけど。それでも気がついたらやらなきゃって気持ちが湧き上がっていた。きっと僕たちが最高に輝いてるこの瞬間を見てほしかったんだと思う。当初の理由とずれてるけどね。


「改めて一緒にバンド組んでくれてありがとう」
「そんなのこちらこそ」
「楽しいことに巻き込んでくれてありがとな!」


 上に掲げられた3人の手のひらがパチン、と放課後の教室に鳴り響いたのであった。
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