短編

「遊園地に行きましょう!♡」

彼女はそう告げるとこちらの意見など聞かずに拘束し、強烈な一撃を受け俺は意識を手放した。





目を覚ますと遊園地のキャラクターをモチーフにしたカチューシャを身につけたのあがいた。


「一男さんはこっちです♡」


のあの大きな瞳にはカチューシャを身につけた俺が映っている。自分で言うのもなんだが吐くほど似合わなくてそのまま地面にはたき落とした。「こっちの方がよかったですか?♡」と別のカチューシャを渡されたがそれもはたき落とす。


「しかしなんでまた遊園地なんて…そもそもこの世界に存在すんのかよ」
「存在しますよ♡見ててくださいね?♡さん、にー、いちっ!♡」


パチンっ、と指を鳴らすと果てしなく続く星空と真っ白な地平は一瞬にして姿を変えた。星空は薄明の空へ、真っ白な地平はジェットコースターやメリーゴーランドなどのアトラクションが立ち並ぶ。辺りからは軽快な音楽も聞こえる。


「どうです?♡驚きましたよね?♡」
「…まあ、そうだな」
「リアクション薄い!」


強烈な平手打ち。なんという理不尽な暴力。


「クソがよ」
「ささっ、行きますよ〜!♡今日は全部乗るまで帰しませんから!♡」
「は?俺はここでタバコ吸ってるからお前だけで…」
「ここは禁煙です♡」


のあは俺の手からタバコを取り上げるとゴミ箱へ投げ捨て、そして強引に手を引くと俺たち2人しかいないこの不思議な遊園地を駆け出した。





どれくらい時間が経っただろう。数え切れないほどジェットコースターに乗り、嫌というほどコーヒーカップのハンドルを回し、お互いに煽りながらカートを運転し、永遠に抜かすことのできないメリーゴーランドで勝負をした。


「なあ〜もう満足しただろ」
「まだですよ!♡遊園地の定番の“あれ”まだ残ってますよ♡」


のあの指さす先にはこの遊園地の象徴とも言える大観覧車。こいつと乗らなきゃいけないのか?という心境がどうやら顔に出ていたようで強烈な平手打ちをくらう。


「本当は好きな人と乗りたかったんですけど今回だけ特別に許してあげます♡」
「は?」
「は?♡」


平行線。
仕方ないから付き合ってやることにした。俺だってお前みたいなクソアマと乗るのは吐くほど嫌だが、これで帰れるなら乗ってやらないこともない。
降りてきた赤いゴンドラに乗り込み向かい合って座ると、ゴンドラは俺たちを乗せゆっくりと上昇していく。


「見てください!もうあんなに小さいですよ!」


外を眺めるのあは、まるで年相応の少女のようにキラキラと目を輝かせている。


「お前なんで急に遊園地に行きたいなんて言ったんだよ」
「なんでそんなこと言わなきゃいけないんですか?♡」
「…ちっ、んだよ」


ゴンドラが頂上へ辿り着くにはまだ時間がかかりそうだ。しばらくの沈黙。窓の外はライトアップされたアトラクションの数々がまるで星のように輝いている。


「…昨日、高校生の女の子が1人ここに来ました」
「…」
「その子は遊園地で楽しい思い出を作った帰り道で不慮の事故に遭いました。現世の彼女はかなりの重症で生きる選択をしても厳しい人生を歩むことになると伝えたら“楽しい思い出で終わりにしたい”と言ってそのまま死を選択しました」


ゴンドラが薄明の空へ近づいていく。


「私は誰かと楽しい場所で楽しい思い出を作ったことがないので“そういう体験”をしたら彼女の言葉の意味が理解できるかなと思ったんです」
「…んで、何かわかったかよ」


のあはこちらを向くと静かに微笑んだ。


「 」


そしてゴンドラが頂上へ辿り着くと同時に花火が打ち上がる。


「わあ!♡見てください!綺麗ですよ!♡」
「…ああ、そうだな」


のあの言葉は花火の音にかき消された。一体なんと答えたのか、その答えは彼女の中にある。「なんて言ったんだ」なんて聞くのは野暮だろう。聞いたところで俺には関係のないことだ。のあもきっとそう思ってるに違いない。





「あー!楽しかったですね一男さん!♡」
「たまにならこういうのも悪くねえな」
「ふふっ♡では最後にお土産屋さんに寄って帰りましょうか!♡」


のあがこちらに向かって手を差し出す。正直その手を取るのは癪だ。いつもなら適当にあしらう…だが今日くらいなら、と手を伸ばした。
刹那。左頬に走る強い衝撃。一体何が────。


「気持ち悪いのでやめてください♡」


眼前に映るのは満面の笑みで中指を立てるのあ。前言撤回。こいつはそういうやつだ。


「…ざっけんなよ……ッ!」


長い髪を翻しのあは走る。それを追いかけるように俺も走る。


「一男さん!♡」
「あ゛!?」




“早く死んでくださいね♡”



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