中学生編





ぺしゃ。


彼女の持っていたアイスが溶けて地面に落ちた。
それをきっかけに彼女は何が起きたのか理解したようで返す言葉を探し始めた。



「…その」
「うん」
「本当にずるいわね」



落ちたアイスを見つめながら彼女は続ける。



「ついさっき恋に盲目になった人に怖い思いされたのに、次はその原因になった人に告白されるだなんて…さすがに頭が追いつかないわ」
「あはは、やっぱりそうだよね」
「アイスが当たったからいけるとでも思ったの?」



その言葉で初めてアイスが当たったことに気づく。
別にそんなつもりはなかったけど、そういうことにしておこう。



「返事ほしい?」
「そりゃもちろん」
「ふふ、良い方と悪い方どっちがいいかしら」
「それわかってて言ってるでしょ」



そういうと彼女は「まあね」といたずら気味に笑みを浮かべる。
というかそんな返しされたら期待しかないでしょ。

…え?もしかして自惚れていいの?
淡い期待を確実なものとして考えていいの?



「神田くん」
「はい」



心臓がどくん、と跳ね上がる。
緊張と期待で鼓動がより早まった。
そして彼女の口から出たのは───。





「ごめんなさい」









そこから先の記憶はない。
どうやって家まで帰ったのかすら覚えていない。
気づいたらいつものようにベッドの上から落ちて朝を迎えた。

今までの記憶は一体なんだったのだろう。
夏の暑さでやられた幻覚だったのか?



「!」



机には昨日のアイスのあたり棒。
そっと手に持って感触を確かめた。
───間違いない、現実だ。
そして現実と自覚した瞬間全身の力が抜けてベッドに倒れ込んだ。



…そっか、俺振られたんだ。



昨日の跳ね上がるような気持ちと一転して
まるで心に穴が空いたような喪失感が押し寄せる。
気を紛らわそうと目を閉じて二度寝を試みるも
脳裏には天川さんがよぎってしまう。


…俺の片思いはここで終わってしまったんだ。







次に目が覚めたのは陽が沈みかけた頃だった。
喪失感は変わらず胸の中に居座っている。
そうだ一度外の空気を吸おう。
そうすれば少しは切り替えられるはずだ。

───そう思ってたのに。



「あら、偶然ね」
「あ…天川さん」



立ち寄ったコンビニで出会ってしまった。
しかも寝起きの気の抜けた格好のときに。
俺は思わず視線を逸らした。
昨日の気まずさもあるけど、今の姿を見られた恥ずかしさのほうが強い。
どうする…このまま何事もなかったかのように立ち去るか…?

すると彼女はレジ袋からアイスを取り出してひとつ提案をした。



「ねえ、少し話さない?」







「はい半分こ」
「ありがと。…てか昨日と立場逆じゃん」
「ふふ、そうね」



昨日と同じようにブランコに座ってアイスを食べる。
というか昨日の今日で話すことなんてあるのか?
一緒にいても気まずいだけじゃないか。



「で、なんか用があるんじゃないの?」
「…?何もないわよ」
「え!?だって少し話そうって言ったじゃん!」
「用がないと誘っちゃいけなかったかしら?」
「そんなことは…ないけど」



このいつもの振り回し方。
昨日のこと気にしてない感じだ。
まあ変に気を使われなくて助かるけどさ。
だけど…。



「俺としては振られた相手に会うのかなーり気まずいんですけど、その辺どう思ってるんですか」



俺がそう聞くと彼女は呆れた様子で
「やっぱり聞いてなかったのね」とため息をつく。



「なんのこと…?」
「はあ…仕方ないからもう一度言ってあげる。今度はちゃんと聞いててよ」



彼女は食べ終えたアイスの棒を見つめながら話し始めた。



「断った理由は二つ。一つは仮に付き合ったとしてもまた望月さんみたいな子に絡まれるんじゃないかってこと。あなたのファンの子なんて山ほどいるもの。
…あんな思いするのは一度だけでいいわ。

そしてもう一つは、私には恋愛の好きって感情がわからないこと。友達としては好きなんだと思う。…けど私があなたのことを恋愛対象として好きかどうかわからない。好きになる確証だってない。…こんな中途半端な感情で付き合ったところであなたに失礼なだけよ」



彼女は俺のたった一言に対して
こんなにも真剣に考えていてくれた。
それなのに俺はショックで全て聞き逃していただなんて。



「聞いてなくてごめん」と謝ると彼女は「許してあげる」と微笑んだ。

そうか、好きがわからないのか。
それがわかれば十分。
俺がやるべきことはひとつ。



「つまりさ、まだ俺を好きになってくれる可能性はあるんだよね」
「…まあ捉え方によっては」
「じゃあ俺まだ好きでいていいんだよね」
「いいけど気持ちが向かなかったときつらいだけよ」
「大丈夫!






絶対に振り向かせて見せるから!」







そのあとはいつも通り一緒に帰った。
帰りは行きと比べて足取りが軽かった。
なぜなら気の抜けた格好を見られたこともどうでもよくなるくらいに浮かれていたから。



「顔緩みすぎ、気持ち悪いわよ」
「そんなことないって〜」



しかし振り向かせるとは言ったものの
どうしたら一人の男として意識してくれるのだろうか。
何か今までと違う特別なことするとか?

そんな思いから口に出たのは───



「美咲、さん」



不意に名前で呼んでみた。
少し間があったけど結果的に「うるさいわよ」といつもの口調で返されてしまった。
わかりきってたことだけどそう上手くいかないか。
少しは動揺してくれてたらよかったのに。
なんて思って彼女の方に視線を向けたときだった。





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なんだよ。
そういうのずるいよ。






(…やっぱり好きだ)







7話「アイスが当たったから」






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