中学生編





階段から落ちる。
…はずだった。
何かに捕まろうと伸ばした手の先には
ピンチの時に駆けつけるヒーローのように眩しい彼の姿があった。
どうやら私の腕を落ちる寸前に掴んでくれていたようだ。



「…あなたって本当すごいわね」
「俺が一番…驚いてるけどね、っと」



ぐいっ、と引き寄せられ踊り場の地に再び足をつける。
血の気が引く体験ってこういうことか。



「さて、説明してもらうよ」
「…」



狂うほど好きと言っていた彼が目の前にいるのに
望月さんは炎が燃え尽きたみたいに大人しくなっている。
無理もない。
全て見られたのだから──。



「…優輝くんが、振り向いてくれないから」
「だからって天川さんを危ない目にあわせるのは違うよね」
「そこまでするつもりはなかったよ!!」



「…強く言い聞かせれば大人しくなると思ってた」と、喉の奥から必死に絞り出した声で呟いた。



「どうして天川さんなの!私は!私は…こんなに、努力してきたのに…なんで…!」
「俺のために努力してくれたことは嬉しいよ」
「じゃあ!!」
「でもこれは話が違う」



彼は一歩踏み出し望月さんに近づくと



「絶対に許さないよ」



と、軽蔑の眼差しを望月さんに向けそう呟いた。
いつもなら優しい言葉でその場をやり過ごす彼から出た言葉。
隣にいるだけでも伝わる静かな怒りに
私はこの時初めて彼のことを



“怖い”と思った。







その後騒ぎを聞きつけた先生がやってきて
せっかくの夏休みだというのに拘束され
あっという間に夕方になってしまった。



「また呼び出されると思うけど今日はこのくらいにしておくから。気をつけて帰りなさい」
「はい。失礼します」



やっと終わった…。
教室を出ると先に解放された神田くんが待っていた。
私を見るなり「おつかれさま」と穏やかな様子で声をかける。



「帰り寄り道して行こうよ」
「私あなたと帰るなんて言ってないけど」
「それじゃ待ってた意味なくなるんだけど!?」
「ふふ、冗談よ」
「はあ〜でたでた。すぐ振り回すよこの人!」



そんな他愛もない話をしながら隣を歩いた。
きっと私に気を遣っているんだ。
これ以上心配させるわけにはいかない。


私は隠すように震える手を
ぎゅっと握りしめた。







「はい、半分こ」
「ありがとう」



彼が買ってくれた分けられるタイプのアイスキャンディーを
公園のブランコに並んで座って食べた。



「…」
「…」



アイスを食べる音だけが2人の空間に広がる。
いつもなら話さなくてもなんて事ないのに
今日は沈黙が続くだけでこの場を離れたくなる。
…と言っても何か思い浮かぶわけでもない。

するとアイスを半分ほど食べたあたりで彼は沈黙を破った。



「ごめん」
「…それは何に対して?」
「いろいろ」
「…そう」



たったそれだけ。
再びアイスを食べる音だけが広がる。
何でもいいからこの沈黙をどうにかして…!

そんな落ち着かない私を見かねた彼が「天川さん」と口を開く。



「怖かったでしょ」
「!」
「手震えてた」



「いつから」と問うと「俺が見抜けないわけないでしょ」とお見通しの表情を浮かべる。
ばれてたならもう隠す必要もないわね。



「怖かった」
「うん」



続けて「俺がもう怖い思いなんてさせない」と漫画みたいなセリフを吐くもんだから思わず笑みが溢れた。
そんなセリフも似合うんだから人気者は伊達じゃないと改めて思う。



「…あのさ」
「ん?」
「今からずるいこと言うね」



すると彼はぴょん、とブランコから立つと
真剣な眼差しを向け私に言うのだ。






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「俺、天川さんが好きだよ」







6話「好きだよ」
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