中学生編






隣の席になったのは


容姿端麗、成績優秀、頭脳明晰、スポーツ万能
まるで神にでも愛されたような男の子。

すれ違う女子に手を振れば黄色い歓声。
男子にも人気があり常に話題の中心にいる。


まさに非の打ち所がない学校の有名人。



──そんな彼が隣の席になってしまったわけで
私の平穏な学校生活は幕を閉じたのだ。







「…はあ」


放課後の図書室で1人ため息をつく。
あれから約2週間。
友達もできて新しいクラスにもだいぶ慣れてきた。
神田くんはというと相変わらず輝いている。

彼との距離は平行線のまま。
あいさつを交わす程度でそれ以上でもそれ以下でもない。



(悪い人じゃないんだけどな)



外を眺めながらふと考える。
もう少し彼を受け入れてもいいのでは、と。
自分から距離を取る言い方して
こんな手のひら返しみたいなこと…。
さすがに自分勝手だ。



「なんか難しい顔してる」



いつの間にか彼は隣に座っていた。
呼んでもいないのに。



「珍しいじゃない、いつもどこかに顔出してるのに」
「んー…今日はなんとなく帰りたくなくて」



それを聞いて「私も同じ」と答えた。
ほんの気まぐれだと思う。


室内に吹奏楽の音色が優しく響き渡る。
私は読みかけの小説を
彼は来週提出の課題を。

何か会話をするわけでもなく
隣に座って自分の時間を過ごす。

教室でも隣同士なのに
今は不思議と嫌ではなくて
どこか心地良く感じた。







本当は何か話そうと思っていた。
2人きりになれることなくて滅多にないし。
でも何も思い浮かばなくて
かと言ってこの空間から立ち去りたくないから仕方なく課題を進めた。


教室にいるときよりも距離が近い。
周りの環境が違うからだろうか。
いやそんな物理的な距離のことじゃない。
もっと別の…。


ちらりと彼女の様子を見る。
表情はいつもと変わらないけれど雰囲気でわかった。
今過ごしてるこの時間は嫌ではないことが。


(これはこれでいいかもしれない)


誰にも邪魔されずに好きな人と同じ空間にいられる。
──このまま時間が止まればいいのに。



…なんて俺は少女漫画の主人公かよ。







「おーい、そろそろ閉めるぞ」


戸締りをしに来た司書さんに声をかけられ
下校時刻が迫っていることに気づいた。



「もうそんな時間!?全然気づかなかった!」
「外も暗くなってきたわね」



司書さんに帰りの挨拶を交わして図書室をあとにした。
窓から差し込む夕焼けが私たちを照らす。
先を歩く彼をぼうっと眺めながら歩いていると
彼は振り向いて私の名を呼んだ。



「ねえ天川さん」
「何?」
「…なんで俺と一緒にいてくれたの?」



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そう尋ねる彼の表情は逆光でよく見えない。



「…なんとなく。どうして?」
「だって天川さん俺のこと苦手って言ってたから」
「ああ、そうね。でも苦手意識をなくしてほしいって言ったのは神田くんじゃない」
「そうなんだけど!そうなんだけど立ち去られるのを想定してたっていうか〜!こう予想外だったみたいな!」



普段の彼からは想像できない慌て方だ。
そんなに驚くほどかしら。
…いや確かにそうね。予想外だった、私自身も。



「ふふっ」
「ああもう笑わないで!こんなはずじゃないんだけどな…天川さんには普段のスマートな神田優輝を見てほしいんだけど…」
「でも私は今の方が親しみやすくて好きよ」
「そうなの!?」



私の言葉ひとつひとつに彼は表情を変える。
楽しい。もう少し話をしたい。
もっと彼のことを知りたい──。

でも心のどこかで距離を縮めることを拒む自分がいる。
周りの視線が怖い。
私なんかが彼と友達になっていいのか。
私と彼じゃ住む世界が違いすぎる。
何より私は今の平穏を守りたい。



「天川さん?」
「えっ、何…」
「また難しい顔してる」



…誰のせいだと思ってるのよ。
私は「してない」と返して先を歩く。
これ以上話してると延々と悩んでしまうわ。
答えなんて出ないけど一つだけ確かなことがある。



「ねえ」
「ん?」
「一緒に過ごすの嫌じゃなかった」



それだけ言い残して彼と分かれた。






「なんとなく」帰らなかったのも
「なんとなく」彼と過ごしたのも
「なんとなく」嫌じゃないと伝えたのも





───全て私の気まぐれ。









2話「気まぐれ」
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