短編
「優輝くんおまたせ」
「美咲!お仕事お疲れ様、疲れてない?平気?」
「大丈夫。さ、早く行くわよ」
美咲は優輝の手を引くと軽やかに足を踏み出した。今日はとあるクリスマスマーケットに来ている。同棲している部屋に何か置きたいと美咲が呟いたのがきっかけで、優輝がネットで今回のクリスマスマーケットを見つけ、そこで何か買いに行こうとなったのだ。煌びやかなイルミネーションに、広場には大きなクリスマスツリー、目を奪われるような出店で盛りだくさんだ。
「…くしゅん」
「ん、すぐ戻るから暖かいところで待ってて」
優輝はそういうと人混みの中へ向かっていってしまった。言われた通り暖まれる場所で優輝を待っていると両手にカップを持って戻ってきた。
「はい、ホットココア。時間はまだあるからゆっくりあったまろ」
「ふふ、そうね。ありがとう」
ホットココアの甘さが口いっぱいに広がり、カップを持つ悴んだ両手は次第に熱を持つ。ふう、と一息つき周りを見渡すと寒さに乗じて引っ付くカップルの姿が見えた。この場の雰囲気も合わさってか、なんだか少しだけ甘えたい気分になる。
「ねえ、優輝くん。腕出して」
「ん?これでいい?」
美咲は優輝の腕にするりと自身の腕を絡ませる。
「どうしたの急に」
「さあ…ただの気まぐれ」
「何それ。嬉しい」
普段ならこんなことしない美咲の行動に驚きつつも、外で引っ付けることに優輝は嬉しさを感じていた。美咲の気まぐれは昔からのことだが、こんな気まぐれならいつでもしていい。
「さてと!そろそろ行こっか!」
カップを戻すと2人は色とりどりの光が灯る中へ飛び込んだ。
部屋に飾るなら何がいいだろうか。やっぱり定番のスノードーム?でもそれじゃ夏は楽しめない。日常的に使えるものがいいよ。マグカップ?カトラリー?いっそ小さな植物でも置いてお世話しようか。なんて会話をしながらお店を見て回る。
すると美咲はあるものに目を奪われた。それは星をモチーフにした小さなイヤリングだ。美咲は昔から星や夜空をモチーフにしたものが好きでよく小物やキーホルダを集めている。
「うん、満足。次行こっか」
「いいの?」
「いいの。私にはちょっと合わないかもしれないから」
美咲はそう言うと腕を引いて店を後にした。長年美咲と付き合っていればわかる。あれは欲しいものを似合わないと理由をつけて無意識に我慢している姿だ。優輝からしたら美咲が身につけたらなんでも似合うと褒めるのに。
「ねえ優輝くん。これ部屋に飾ったらいいと思わない?…あら、優輝くん?」
「ごめんごめん!人に流されてた!で、それ?うーん…いいと思うけどちょっと部屋と浮いちゃわない?」
「それもそうね…うーん、なかなかいいの見つからないわね」
一通りお店を見て周り2人は広場にある大きなクリスマスツリーの元にやってきた。夜空の下で輝くクリスマスツリーはまさに幻想的な空間を作り出していた。コツンと優輝の肩に美咲の頭が寄りかかる。今日は一段と甘えてくる美咲に応えるように優輝も絡ませた腕にぎゅっと力を込めた。
「そうだ。ねえ美咲ちょっと目閉じて」
「…?何するの?」
「まあいいから少しだけ!ね?」
言われた通り美咲は瞳を閉じる。すると耳元に何かがつけられる感覚がした。
「はい、開けていいよ」
「…!え、これさっきの…」
スマホの画面を向けられて耳元を確認すると、先程美咲が目を奪われていたイヤリングが耳元に咲いていた。
「美咲は似合わないって言ってたけどそんなことないよ。すごく似合ってる」
「ありがとう…なんか気を遣わせちゃったわね」
「いいんだって。元々美咲に何か贈りたかったから!」
「そう…それならいいんだけど。…あ」
美咲は何かに気づくとそのまま優輝の手を引いて人混みを掻き分けていく。優輝はきっと何か良いものを見つけたんだろうと期待して美咲に身を任せる。歩くたびに揺れる耳元のイヤリング。優輝はそれを見て優しく微笑んだ。
「これ、部屋にどうかしら」
美咲が手にしたのは首元にリボンをあしらったテディベアだった。
「美咲はなんでそれがいいと思ったの?」
「帰ったときにお迎えしてくれる子がいたら嬉しいかなって思って。ほら、私たちのどちらかが後に帰ればどちらかがいるけど先に帰ってきたら誰もいないじゃない?そんなときに部屋にいたらいいな…って思ったの。どうかしら?」
顔にテディベアを持ってきてそう問いかける美咲はとても愛おしかった。
「確かにいいと思う。でも1人じゃ寂しいからもう1人お迎えしてあげようよ。2人ならこの子たちも安心でしょ?」
「そうね。すごくいいと思う。ふふ、これからよろしくね」
それぞれ色違いのテディベアを購入し、空いた手で大切に抱きかかえる。嬉しそうな表情を浮かべる美咲を見て優輝は胸の奥がじんわりと暖かくなった。
2人は他愛のない話をしながら帰路に就く。この子たちにあとで名前をつけてあげよう。洋服も作ってあげたいね。寝室に置いて一緒に寝てあげよう。なんてまるで自分たちの子供ができたみたいな内容。いつかそれが現実になるかは2人次第───。
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