幕間
「あら、美咲ちゃんお出かけ?」
「うん。帰りは少し遅くなるかも」
「了解!お友達と楽しんできてね」
「いってきます」
お姉さんに小さく手を振り家の扉を開いた。
ごめんなさいお姉さん。私、一つだけ嘘をつきました。いずれ伝えるけれど今は内緒にさせて。お姉さんは“お友達”って言ったけど違うの。今日は────。
「ごめんなさい、待たせちゃったかしら…」
「ううん。俺も今来たところ!」
待ち合わせの10分前にも関わらず彼はそこにいた。見慣れた黄緑色が裏地にあしらわれたパーカーに黒のパンツを身に纏った彼。シンプルながらその服装がよく似合っていて、自分は隣に立ってもおかしくないだろうかと少し不安になる。
「大丈夫」
「え?」
「今日の天川さんすごく可愛い。だから自信持って!」
ああ、そうだ。彼はこういう人だ。相手が気にしてることにすぐ気づいてくれる。そしてそんなことどうでもよくなるくらい素敵な笑顔と言葉をくれるのだ。
「じゃあ行こっか!」
自然に差し伸べられたその手に自分の手を重ねると優しく包み込まれた。繋いだ手を通して加速していく鼓動が伝わってしまわないだろうか。なんてそんな緊張と期待が織り混ざった私たちの初デートが始まるのであった。
*
地元の駅から電車で1時間ほど揺られてたどり着いたのは国内でも有名な水族館。イルカショーの迫力がすごく休日は席を取るのが難しいと言われるほどの人気ぶりだ。
「神田くんあそこ───わっ、」
「っと、大丈夫?」
春休みということもあってか家族連れや友達同士、恋人同士などで混雑しており館内は行き交う人で溢れかえっている。繋いでいるこの手を離したらあっという間に見失ってしまうだろう。
「手、離さないでね」
「…!」
ふわりといつもの元気な笑顔を見せると神田くんはそれまで握手するように繋いでいた手を、するりと5本の指を絡ませ、いわゆる恋人繋ぎへと変える。指から伝わる体温が心地よくて私の体温も上がったような気がした。
*
「最前列のお客様は水を被ってしまう恐れがありますので────」
「よくこんないい席取れたわね」
「妹がチケット取るの上手くて頼んだんだ!」
この水族館の名物であるイルカショーを最前列で見ることになった私たち。水濡れ対策として合羽を着用して準備万端。ピーッというホイッスルを合図に軽快な音楽が鳴り始める。調教師の指示を受け音楽に合わせてジャンプをしたり水槽を泳ぐイルカはとても楽しそうだ。
「それでは今日1番の大ジャンプいきますよー!前方の皆さん準備はいいですかー!?」
水槽の底から勢いよく上昇していくイルカ。そして天に向かって水面を突き抜ける。その瞬間、水飛沫が太陽の光に反射して私の視界はキラキラと輝いた。
「綺麗…」
と思ったのも束の間。イルカがジャンプし水中へ戻るときに起こる大量の水飛沫を盛大に浴びてしまうのであった。
「本日はありがとうございました。この後も引き続き────」
「いや〜すごい濡れたね!」
「ふふっ、ここまで濡れるなんて思ってなかったわ」
「本当だよ!合羽あんまり意味なかったね!」
私は足元をガードしきれず濡れてしてしまったが、神田くんは暑かったのか途中からフードを外していたせいで顔にも水を浴びてしまっている。
「ま、楽しかったからいいけどね!」
濡れた髪をタオルで拭きながら楽しそうに話す優輝くんはキラキラと輝いていた。優輝くんだけじゃない。水槽の中を泳ぐ魚たちも、周りにいるお客さんも、いつもの見慣れた景色も、今日は何だかキラキラとフィルターがかかったように輝いて見える。
「天川さん?」
「…私、浮かれてるのかもしれないわ」
「え!?」
「何よその顔」
「違う、これは嬉しくって、つい」
神田くんは照れたような、でもどこか笑いを堪えているような、そんな表情で必死に下唇を噛んでいる。
「浮かれてんの俺だけかと思ってたからさ。天川さんがそう思ってくれてると思ったら嬉しくって!」
「…私だって浮かれるわよ」
「あははっ!それはよかった!」
“だって俺たち付き合ってるんだもんね”
その言葉に胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
*
「あー楽しかった!」
「そうね。すごく楽しかった」
今日の思い出を振り返りながら帰路に就く。少しでも長く一緒にいたくて帰りの電車は各駅停車に乗ってきた。そのおかげで帰りの時間は少し遅くなってしまったのだけれど、それも悪くない。
「じゃあここで」
「大丈夫?家まで送るよ?」
「平気。今日はありがとう」
…今なら言えるかもしれない。今日のデートで密かに目標としていたこと。
「天川さん?」
「…き、くん」
「ん?」
ゆっくり息を吸って呼吸を整える。大丈夫。しっかり目を見て言えるはず。
「ま、またね“優輝くん”」
「…!」
言えた…!今日の目標だった“名前呼び”。そして言えたと同時に込み上げてくる恥ずかしさ。繋いだ手をすっと離そうとするが彼はそれを許してくれないようだ。
「言い逃げは良くないと思うな…!」
「そ、そんなつもりは!」
「そっちがそうなら俺も言わせてもらうよ」
優輝くんは繋いだ手にきゅっと力を込め、真っ直ぐに私を見つめる。
「…またね“美咲”」
優しく輝くそんな笑顔で私の名前を呼ぶ。ただ名前で呼ばれただけだというのに、頭の先から足の爪の先まで熱が巡るように体が熱くなる。
「じゃあ今度こそ。またね、美咲」
「…またね、優輝くん」
家に着いても浮かれた気分は抜けずにいて、スマホに付けたお揃いのイルカのストラップが揺れるのを見るたびに今日のことを思い出す。…まだ顔が熱い。
ピロン、とメッセージアプリの通知音が鳴る。相手は優輝くんからだ。内容を確認すると“今日はありがとう。また一緒にでかけようね。”とお礼の言葉が書かれてあった。“また一緒に”という言葉が次もあるんだということを思わせて自然と気持ちが舞い上がる。
「私も…楽しかった、今日はありがとう…っと」
送信ボタンを押してゆっくりと瞳を閉じる。ああ、今日が終わってほしくない。次はいつ会えるだろうか。今度は映画もいいな、定番の遊園地も楽しそう。頭の中に思い描くのは優輝くんと出かける風景。隣に君がいてくれたら私はそれだけで楽しい。
だからこれからも隣にいてね。優輝くん。
「うん。帰りは少し遅くなるかも」
「了解!お友達と楽しんできてね」
「いってきます」
お姉さんに小さく手を振り家の扉を開いた。
ごめんなさいお姉さん。私、一つだけ嘘をつきました。いずれ伝えるけれど今は内緒にさせて。お姉さんは“お友達”って言ったけど違うの。今日は────。
「ごめんなさい、待たせちゃったかしら…」
「ううん。俺も今来たところ!」
待ち合わせの10分前にも関わらず彼はそこにいた。見慣れた黄緑色が裏地にあしらわれたパーカーに黒のパンツを身に纏った彼。シンプルながらその服装がよく似合っていて、自分は隣に立ってもおかしくないだろうかと少し不安になる。
「大丈夫」
「え?」
「今日の天川さんすごく可愛い。だから自信持って!」
ああ、そうだ。彼はこういう人だ。相手が気にしてることにすぐ気づいてくれる。そしてそんなことどうでもよくなるくらい素敵な笑顔と言葉をくれるのだ。
「じゃあ行こっか!」
自然に差し伸べられたその手に自分の手を重ねると優しく包み込まれた。繋いだ手を通して加速していく鼓動が伝わってしまわないだろうか。なんてそんな緊張と期待が織り混ざった私たちの初デートが始まるのであった。
*
地元の駅から電車で1時間ほど揺られてたどり着いたのは国内でも有名な水族館。イルカショーの迫力がすごく休日は席を取るのが難しいと言われるほどの人気ぶりだ。
「神田くんあそこ───わっ、」
「っと、大丈夫?」
春休みということもあってか家族連れや友達同士、恋人同士などで混雑しており館内は行き交う人で溢れかえっている。繋いでいるこの手を離したらあっという間に見失ってしまうだろう。
「手、離さないでね」
「…!」
ふわりといつもの元気な笑顔を見せると神田くんはそれまで握手するように繋いでいた手を、するりと5本の指を絡ませ、いわゆる恋人繋ぎへと変える。指から伝わる体温が心地よくて私の体温も上がったような気がした。
*
「最前列のお客様は水を被ってしまう恐れがありますので────」
「よくこんないい席取れたわね」
「妹がチケット取るの上手くて頼んだんだ!」
この水族館の名物であるイルカショーを最前列で見ることになった私たち。水濡れ対策として合羽を着用して準備万端。ピーッというホイッスルを合図に軽快な音楽が鳴り始める。調教師の指示を受け音楽に合わせてジャンプをしたり水槽を泳ぐイルカはとても楽しそうだ。
「それでは今日1番の大ジャンプいきますよー!前方の皆さん準備はいいですかー!?」
水槽の底から勢いよく上昇していくイルカ。そして天に向かって水面を突き抜ける。その瞬間、水飛沫が太陽の光に反射して私の視界はキラキラと輝いた。
「綺麗…」
と思ったのも束の間。イルカがジャンプし水中へ戻るときに起こる大量の水飛沫を盛大に浴びてしまうのであった。
「本日はありがとうございました。この後も引き続き────」
「いや〜すごい濡れたね!」
「ふふっ、ここまで濡れるなんて思ってなかったわ」
「本当だよ!合羽あんまり意味なかったね!」
私は足元をガードしきれず濡れてしてしまったが、神田くんは暑かったのか途中からフードを外していたせいで顔にも水を浴びてしまっている。
「ま、楽しかったからいいけどね!」
濡れた髪をタオルで拭きながら楽しそうに話す優輝くんはキラキラと輝いていた。優輝くんだけじゃない。水槽の中を泳ぐ魚たちも、周りにいるお客さんも、いつもの見慣れた景色も、今日は何だかキラキラとフィルターがかかったように輝いて見える。
「天川さん?」
「…私、浮かれてるのかもしれないわ」
「え!?」
「何よその顔」
「違う、これは嬉しくって、つい」
神田くんは照れたような、でもどこか笑いを堪えているような、そんな表情で必死に下唇を噛んでいる。
「浮かれてんの俺だけかと思ってたからさ。天川さんがそう思ってくれてると思ったら嬉しくって!」
「…私だって浮かれるわよ」
「あははっ!それはよかった!」
“だって俺たち付き合ってるんだもんね”
その言葉に胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
*
「あー楽しかった!」
「そうね。すごく楽しかった」
今日の思い出を振り返りながら帰路に就く。少しでも長く一緒にいたくて帰りの電車は各駅停車に乗ってきた。そのおかげで帰りの時間は少し遅くなってしまったのだけれど、それも悪くない。
「じゃあここで」
「大丈夫?家まで送るよ?」
「平気。今日はありがとう」
…今なら言えるかもしれない。今日のデートで密かに目標としていたこと。
「天川さん?」
「…き、くん」
「ん?」
ゆっくり息を吸って呼吸を整える。大丈夫。しっかり目を見て言えるはず。
「ま、またね“優輝くん”」
「…!」
言えた…!今日の目標だった“名前呼び”。そして言えたと同時に込み上げてくる恥ずかしさ。繋いだ手をすっと離そうとするが彼はそれを許してくれないようだ。
「言い逃げは良くないと思うな…!」
「そ、そんなつもりは!」
「そっちがそうなら俺も言わせてもらうよ」
優輝くんは繋いだ手にきゅっと力を込め、真っ直ぐに私を見つめる。
「…またね“美咲”」
優しく輝くそんな笑顔で私の名前を呼ぶ。ただ名前で呼ばれただけだというのに、頭の先から足の爪の先まで熱が巡るように体が熱くなる。
「じゃあ今度こそ。またね、美咲」
「…またね、優輝くん」
家に着いても浮かれた気分は抜けずにいて、スマホに付けたお揃いのイルカのストラップが揺れるのを見るたびに今日のことを思い出す。…まだ顔が熱い。
ピロン、とメッセージアプリの通知音が鳴る。相手は優輝くんからだ。内容を確認すると“今日はありがとう。また一緒にでかけようね。”とお礼の言葉が書かれてあった。“また一緒に”という言葉が次もあるんだということを思わせて自然と気持ちが舞い上がる。
「私も…楽しかった、今日はありがとう…っと」
送信ボタンを押してゆっくりと瞳を閉じる。ああ、今日が終わってほしくない。次はいつ会えるだろうか。今度は映画もいいな、定番の遊園地も楽しそう。頭の中に思い描くのは優輝くんと出かける風景。隣に君がいてくれたら私はそれだけで楽しい。
だからこれからも隣にいてね。優輝くん。