中学生編
君の世界に入りたい。
ただそれだけ───
*
「これでどうだ…」
頭から手を離し
じっと鏡を見つめて
3、2、1……
「…よし!いってきまーす!!」
変化がないことを確認し急いで家を飛び出る。
「わあ…!」
見慣れた通学路は桜色に染まり
普段と違う景色に心を弾ませた。
学校へ着くと息を整えながら
校内掲示板へ足を運ぶ。
俺はこの日に全てをかけていた。
中学生活最後のクラス替えに──。
期待と不安を胸に人混みをかき分け
「神田優輝」の4文字を探す。
「──あった!3年1組!」
そして次は"ある人"の名前を探す。
(神様お願いします、どうか一緒のクラスに!)
心で強く念じながら一番上の名前を見る。
"01
「やった同じクラス!」
「嘘でしょ…」
……。
隣から自分と温度差がある落胆した声。
見てはいけない。
見たら何かが崩れてしまう、そんな予感がした。
しかし脳で考えてはいても体は声のする方に振り向くのだった。
「星座占い1位だったのに」
瞬間、俺の中に二つの情報が入ってくる。
一つは想いを寄せている彼女と同じクラスになれたこと。
そしてもう一つ。
その相手が俺の名前を見つけ
沈んだ表情をしていること。
*
最悪なスタートを切ってしまった。
…なんて思っていたけれど
奇跡的に天川さんの隣の席になれたのである!
出席番号順に感謝しかない!
しかし彼女はというと
表情は変えないものの
嫌という雰囲気はひしひしと伝わってくる。
(もう望みはないのかな…はは…)
半ば諦め状態の俺は必死に直した寝癖が
ぴょんとハネてしまうほどに気が抜けてしまった。
その時だ。
「寝癖」
「え?」
突然隣から声をかけられた。
「ハネてるわよ」
ここ、と天川さんは自分の頭に指を差す。
俺に向かって言ってるよな…?
そっと朝直してきたはずの髪に触れる。
…あ!戻ってる!?
というか見られた!!
「あ、あれ〜!?おかしいな〜!直してきたんだけどな〜!」
あまりの恥ずかしさに視線が泳ぐ。
──本当こんなはずじゃなかったんだ。
同じクラスになれることを信じて
今日のために頑張ってきたのに。
でも全部計画通りになんていかなかったし
…かっこ悪すぎる。
内心落ち込んでいると彼女が口を開く。
「ふふ、意外と抜けてるところあるのね」
あ、笑った。
彼女は俺の反応に気づいたと同時にすんとした表情に戻る。
なんだよそれ、そんなの初めて見た。
「笑ったよね」
「…私をなんだと思ってるの」
「普通に笑うわよ」と
彼女は表情を変えずに言う。
嬉しかった。
もう話すこともなく一年が経ってしまうと思っていたのにこんなことで話すきっかけが作れるなんて。
もしかしたら今から挽回できるかもしれない。
「そういえばさっき俺の名前見つけて嫌そうな顔してたけど…もしかして嫌われてる?」
…俺、今なんて言った?
踏み込んでほしくないこと口にしなかったか?
というかそれは俺にとってもよくない選択肢だったのでは!?
緊張とか焦りとか感情ごちゃ混ぜで訳がわからない!
一度落ち着け、冷静に───。
「…嫌い、ではないと思う。どっちかというと苦手、かも」
「へ…?」
予想外の返事に思わず思考が停止する。
彼女はそんな俺と視線を合わせたまま言葉を続ける。
「あなたは学校の人気者で、こうして私と話してる今でもあなたに視線が集まる。私とは住む世界が違うし、できることなら関わりたくないというか…」
他の人に聞かれたくないのか後半につれて
彼女の声は小さくなっていった。
「でも同じクラスで隣の席にまでなったら関わらないなんて無理に決まってるじゃない。…だからお互い干渉しすぎないくらいの関係でいたい」
それは"クラスメイト止まり"を意味していた。
同じクラスで隣の席で
これ以上ないくらい近い距離なのに
埋まることのない距離を感じた。
「そっか…」
君がそういうのなら。
嫌な思いをさせてしまうのなら。
それが望みだというのなら。
俺は────
「諦めたくない」
「…今の聞いてた?」
静かに立ち上がり俺は言葉を続ける。
「もちろん聞いてた。聞いてた上で諦めたくない。クラスメイト止まりなんて俺は嫌だ」
だってあくまで"苦手"
こうして視線を合わせて話をしている時点で
完全に嫌いというわけではない。
「俺は天川さんと友達になりたい!時間がかかってもいいから。俺への苦手意識を少しずつなくしてもらいたい…」
自分の声が震えていた。
怖かったんだと思う。
ここで断られる可能性だってあるし
こんなこと誰かに言うのも初めてだったから。
彼女はため息をついて頭を悩ませる。
俺の言葉と何かを天秤にかけているのだろう。
しばらくして「わかったわ」と口を開いた。
「少しずつ、ね。変なトラブルに巻き込むことだけはしないでよ」
「本当!?」
ざわついていた室内が一瞬静まるくらい大きな声が出てしまった。
だってそれくらい俺にとっては嬉しいことだったんだ。
彼女は「言ったそばから〜!」という表情をこちらに向ける。
「ごめん」と伝えたがきっと顔が緩みきっていて説得力なんてなかったと思う。
ここで散ってしまうと思ってた彼女への想い。
だけど偶然が重なって
ほんの少しだけ俺は
君の世界にいれてもらえた気がした。
*
これはあとから知ったことなんだけど
どうやらあの日の星座占い1位の内容が
「苦手を克服するチャンスかも!思い切って挑戦すると吉◎ ラッキーアイテムはキーホルダー!」
だったらしい。
あの日、天川さんの鞄には
星空を閉じ込めたような
綺麗なキーホルダーがついていた。
1話「君の世界に入りたい」