第1話

覇王の靴の先を弄っていたのは、さっきとは別の生物だった。
羽のある魔物は、物珍しそうにその生物を羽でつついている。


「リス…?」


覇王の足元でじゃれる生き物はリスによく似ていたが、額にはまった紅玉や大きな耳は、それが一介の動物とは違う、魔力を持った異形のものであることを示している。

こんな小動物の接近にも気付かない程、自分はぼっとしていたのだろうかと、覇王は思わず苦笑する。


「おーいルビー!こんなとこにいたのか!」


ふいに覇王の耳朶を打ったのは、軽やかなメゾ・ソプラノ。
それと同時に、小柄な姿が入江の向こうから現れる。

途端に紫の獣は声の主に飛びつき、一気に肩まで昇りつめる。



顔を上げた覇王の目に映ったのは、ひとりの少女だった。



大空と大海を連想させる青色の髪。
年の頃は覇王と同じくらいか、大きな翡翠の瞳は人懐こそうな光を称えている。


こんなところに自分以外にも人がいるとは…そこまで考えて、覇王は気付いた。

この少女が「案内役」だ!


「珍しいな…こんなところにお客さんなんて。それってハネクリボー?」

指差された先にいたのは、あの翼のある獣だった。

「ハネクリボー?」

「そいつの名前さ。羽の生えたクリボー。だからハネクリボーだ!」

そもそもクリボーなる生物を知らない覇王にとってはいまいちピンとこない話だった。



「そこの女、」

「私のことか?」

他に誰がいるというのか。

「お前がここの案内役なのだろう?
俺をレインボー・ドラゴンのところに連れていけ。」

「えぇ?案内役?」


覇王の言葉に、少女は片手でルビーとかいう生き物をあやしながら、まじまじと覇王を見つめた。

不躾とも言える行為だったが、自然と腹が立たなかったのは、その大きな瞳が驚くほどに澄んでいたからだろうか。

「まあ、そう言われればそうかな。長く住んでるし…って、ああ!」

「…おい?」

何やらぶつくさ呟いていたと思ったら、ふいに少女は手を打った。
何かが合点がいったのか、にっこりと微笑む。

「ハネクリボーが一緒にいるってことは…それじゃあ、君が『覇王』?」

「そうだが。」

「やっぱりか!あはは、思ってたより人相悪いな!」

「…。」

変わった少女だ。
皇族を前にしても物怖じせず、ざっくばらんな態度を崩さない。
覇王を前にしても、恐れる気配はない。

こんな風に人と会話したのは久しぶりだった。

少女は掌を差し出してきたが、覇王は応じない。

「よろしく!」

にこにこしながら勝手に手をとり、ぶんぶんと大きく振る。
本当に怖いもの知らずだ。
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