第1話

覇王は空を見上げる。

空の青さは普段見ているものと遜色のないものだったし、雲が動いていく様子まで忠実だ。

だがよくよく見てみれば、設置された太陽は、無駄に眩しく、陽光を感じられる物ではない。

潮風もやはり機械的に造られたものに過ぎず、独特の香りもなく単調に流れているだけである。

浜辺は確かに地上のものによく似ていたが、本物の美しさには適わない。

所詮、自然のものを人が作れるはずがなかった。
人の手が加わった時点で、それは人工に過ぎないのだ。


そこまで考えて、自分は何をむきなっているのだろう、と覇王は不愉快になった。
粗探しをするなどみっともない。

それに、今はこんなことをしている場合ではない。
「案内役」とやらがどこにいるのか、現時点では皆目検討がつかなかった。





大きな毛糸玉のようだと、覇王は思った。

全体が栗色の体毛で覆われ、鉤爪のついた手足が突き出ていたが、大した鋭さもなく害にはならない。

背から二対の純白の翼を生やし、円らな瞳を瞬かせながら近寄ってくる。


それはいかにも愛らしい様子だったが、覇王の心は全くといっていいほど動かされなかった。

見たことのない種類だが、大方森に生息する低級の魔物だろう。

覇王は既に興味を失い、蔓を離して再び森を詮索し始めた。

しかし馴れ馴れしくも、その魔物は後をついてきた。

頬を擦り寄せようとしてきたり、ぐるぐると覇王の周囲を旋回したり、鬱陶しいことこの上ない。

ひたすら無視を決めこんで、森の更に奥深くに足を踏み入れようとした時。


「ッ!!?」


強く襟首を引かれ、覇王の体は逆方向に反れた。

「貴様っ…。」

首に鈍い痛みを覚えながら、覇王は襟首を掴んだ魔物を睨みつけた。
魔物は怯えたように瞳を震わせたが、力を緩めることなく、そのままぐいぐいと引っ張っる。

よくわからないが、そこから先へは行くなと言っているようだった。


「…お前、レインボードラゴンがどこにいるかわかるか?」


人語を解するだけの知能があるかわからなかったが、なんとその魔物は大きく頷いてみせた。

そのままこっちだと言わんばかりに覇王の前を飛び始める。
少し先を飛んでは、覇王が追いつくまで待っている。

この魔物を信じたのはほんの気まぐれだったが、このまま一人で突き進んでも、一向に進展はなさそうだった。

「案内役」などいなくとも、この魔物について行って、レインボードラゴンを見つけらるなら、それでいいではないか。
万が一、妙な真似をすればすぐに斬り捨てればいいだけの話。

眼前に生えた茂みを斬りながら、魔物の背を追いかけた。


覇王は幼い頃から海が好きだった。

その中でも、城の丁度裏側に面した場所に、人の滅多に来ない小さな入江があり、実は幼い頃、そこでレインボードラゴンを見たことがある。

といっても真近で見たわけではないし、遠くから見かけた程度だったから、本当にレインボードラゴンだったかどうかは定かではないのだが。

雨上がりの空、そこに浮かんだ虹と戯れる純白の竜の姿に目を奪われた。

竜が光の差し込む雲間に消えていくまで、こっそり岩影から見続けた。

10年近く経った今でも忘れられない、ひどく印象的な記憶だ。





魔物に連れられて森を抜けると、小さな入り江に出た。

それはかつて竜を見たあの入江に酷似していた。

しかしそこには「案内役」の姿もなければ、レインボードラゴンの姿もない。


深く溜息をついて魔物を睨んだが、魔物はそんな彼の視線もどこ吹く風で、海面に浮かぶ自身の姿を見ている。

怒っても仕方がない。

「案内役」も探さずに、こんな信用のおけない魔物の後をついて行ってみようと決めたのは自分だったのだから、自業自得とも言える。

それにしても「案内役」はどこへ行ったのだろう。
これでは職務怠慢ではないか。


しかし、疲れた。
ずいぶんと無駄に体力を消費してしまったらしい。

覇王は魔物の隣に腰を下ろした。

目の前に広がる風景は細かいところを覗けば、本当に覇王の知る入江に良く似ていた。

時折小さな波が押し寄せては、覇王の軍靴の先を濡らしていく。


これで――鴎の声が聞こえれば、もっとあの入江に近づくのに。
思えばここ最近は忙しく、こうして海でゆっくりすることもできない。


なめらかな曲線を描く水平線を眺めて、覇王は頬杖を突いた。


ふと靴の先がちょんちょんと弄られていることに気付いた。
まったく騒がしいやつだと思いながら目線を下にやり――目を疑った。
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