第一章
世界を救う。言うのは簡単でも、実現するのは難しい。今まさに大きな障壁がミハルの前に立ちはだかっている。
大きな扉。石なのか木なのか、はたまた別の素材なのかは知らないがとにかく荘厳な扉。
押してみたがビクともしない。もしかしてこれは引くのか?プッシュじゃなくてプルか?
「おっ開いた...。」
プルだった。はえ〜魔王の城はプルなのか。なんてどうでもいいところに感心している場合ではないのだ。ここは魔王の城だぞ。と気を引き締め剣を握り直す。ゴゴゴ、と荘厳な扉は地鳴りのような音を響かせ、ミハルが引く手を緩めてもなお開いていく。まるでこちらを迎え入れるように開いた扉は、猛獣の口のようにも感じられた。
餌になんか、なってやるものか。
「魔王の城...思っていたよりも静かだな。」
魔物の気配は、全くと言っていいほどない。それに、内装も人間界の城に負けず劣らず綺麗だ。
赤いカーペットの踏み心地に気を取られていたら、いつの間にか階段に着いていた。どこへつづくのだろうか。正解が分からない今、虱潰しに行くしかない。
階段にも敷かれたカーペットを踏み2階に上がり、長い廊下の右側、2つのドアが見えた。ここが魔王の部屋なはずがない。魔王ならきっと、特別な部屋にいるはずなのだ。
「そういえばさっき...」
「ふっ」
「うおあああ!!!」
1人だとつい零れてしまう独り言、だがもうそれは独り言とは呼べなくなってしまった。誰だ、とも考えられないほどびっくりさせられたミハルは飛び退いて壁に頭をぶつけてしまった。魔物の気配には敏感であったはずなのに。耳に息を吹きかけられるほど近づかれていた。
「...だ、誰だ!」
「ようこそ勇者様、私は魔王の執事、アルバと申します。」
「魔王の...執事...」
「ええ、あまりうろつかれるのも、気分のよろしいものでは無いので。」
始末しようと、してきたにしては装備が薄い。舐められているにしても殺気が感じられない。
魔物の中でもこのアルバと名乗る執事の属する悪魔属は、魔物と同じく魔界に住むものだが階級が違う。魔物との交戦経験はあっても、悪魔属との戦いは少ない。人間と同じく声帯を持ち、頭脳も力も魔力もある。油断してはならないだろう。
「それで、なにしに来たんだ?」
「魔王様にご案内を、と命じられてしまいまして。」
「なるほど。では頼む。」
改めて向き合ったこの男(と呼んでいいのか分からない)は自分と同じ程の背丈だった。執事、というに相応しい格好。というかThe執事。魔界のメガネも人間界と変わらないようだ。
「それでは。」
案内されると思っていた。この男もそう言ったはず。どこへ案内されるのか、背を向けた執事を追おうと1歩踏み出すともう、そこの景色は先程とは変わってしまった。
「瞬間移動、か。」
当たり前といえば当たり前だが、敵に自分の陣地をうろつかれて喜ぶ者などいない。アルバもコクリと頷いただけだった。
先程まで考えていたこと、魔王の執事とやらに邪魔されたこと。やはりそうだったらしい。瞬間移動で着いたのは、執事と出会った2階へと続く階段を登ろうとしたとき、目の端に捉えた場所。
ミハルが魔界への移動に使った魔水晶とは異なり、真っ赤に怪しく光るそれ。これが魔王のいる間へと繋がるものなのだろう。
触れる。勇者にはそれ以外の選択肢など、あるはずない。
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