幕恋 芹鈴

「芹沢さん、どうぞ。」
縁側に座っている芹沢さんの横にお茶を置いて、そのまま自分も座った。
もはや私の行動を気にするでもなく芹沢さんは黙ってお茶を飲む。
そんな彼をちらり、盗み見た。
相変わらず視線は空へ向かっている。
「今日も曇り空ですね。」
私も空を見上げた。

お酒を断ってから芹沢さんはここで良く空を見るようになった。
普段ならお酒を取らなくてぴりぴりしているはずなのに、ぽかぽかとしたお日様の下のんびりしているような雰囲気に思わず声を掛けてしまったのだ。
『芹沢さん、ひなたぼっこがお好きとは知りませんでした。』
『…桜庭か。日差しを受けている時くらいは、全てを忘れられるからな。』
穏やかな声で、そう答えてくれた意味を。
私は知らないのだけど。

口寂しいから何もないよりはましだ、と言いながら芹沢さんはお茶を口に運ぶ。
それでもいつも、全部飲んでくれるのが嬉しかった。
「今日くらいは、久しぶりに太陽を見たかったのだがな。」
お茶を飲み干して。
芹沢さんはぽつりと呟いた。
…ここ何日か、空はずっとどんより厚い雲に覆われている。
特に今日は今にも雨が降りそうだ。

「きっと、明日は晴れますよ!」
何も知らずに私は笑って言った。
芹沢さんは一瞬間を置いて。
ふ、と穏やかな表情を見せた。
「…ああ、そうだな。」
その一瞬の間、芹沢さんが何を思ったのか私には分からない。
なぜ、そんなに穏やかに笑ってくれたのかさえ。
「明日は晴れだ。」



次の日は、言葉の通り雲一つない青空。
けれど。
太陽を望んでいた人は。
いつもの縁側に、芹沢さんの姿を見ることはもう、ない。
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