その他


「…寒い。」
いつものように安いモーテルの一室。
暖房が全く効かず、一枚だけあった毛布を兄のディーンと取り合っていたのはほんの数分前のこと。
そして現在、僕は兄貴に毛布を取られてしまい震えるはめになっていた。
「ずるいよディーン!」
「はっはっは。」
勝ち誇ったような顔で毛布にくるまる姿をじとっと睨む。
ああ本当にもう軽く殺意がわいても仕方ないと思うんだ。

くしゅっ、と小さなくしゃみまで出た。
「サム。」
呼ばれてディーンを見ると、なぜか慌てたような表情を浮かべていて。
相変わらず睨みつけるような視線の僕にいつもなら何かしら言ってくるだろうに、今日はそれどころではないというように僕に近づいてきて、そして。
ふわり。
ディーンの体温で暖かくなっていた毛布が掛けられた。
「…え?」
さっきあんなに必死に取り合っていたはずなのに、簡単にくれてしまうなんて。
ディーンを見れば、困ったように笑う瞳と目が合う。
「お前に風邪をひかれたら困るからな。」
「でも、そしたら兄貴は…。」
「俺は平気だ。気合いで風邪なんかひかない。」
どうしてディーンはこうなんだろう。
とっくに兄貴より体だって大きくなった僕を、それでも昔と同じように優しく大切にしてくれる。
可愛げなんてこれっぽっちもないのに、いつだって可愛い弟と思ってくれる。
そして毛布にくるまった僕を見て、満足そうに笑うんだ。

「どうだ、暖かいだろ。」
「…寒いよ。」
「は?!」
ディーンはずるい。
そんな風に優しくされたら変な意地なんか張れないじゃないか。
驚いて戸惑っているディーンに向かってもう一度呟く。
「寒い、から。」
この部屋の中であと暖を取れるものなんて一つしかないだろう?
…やっと思い至ったらしいディーンは、それはそれは嬉しそうに笑うから僕もつられて笑ってしまった。
「サム。サミー!」
勢いをつけて抱きつかれたせいで二人してベッドに倒れ込む。
大の男が二人、一つの毛布にくるまり一つのベッドに横になっているこの状態を人に見られたらどう思われるだろうか。

「サミー。」
「…サミーって呼ぶな。」
「サミー、もう寒くないか?」
ああ何て思われたとしても構うものか。
「…まだ、寒い。」
結局のところ優しい優しいこの腕を、ぬくもりを僕は手放せやしないのだから。
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