その他
久しぶりに神殿に来た。
いつもならピッコロさんが待っていてくれるのに、今日はそれがない。
「悟飯さん、いらっしゃい。」
「やあデンデ。ピッコロさんは?」
「少し前に部屋に戻ったきりです。悟飯さんが来ているのに出てこないなんて、珍しいですよね。」
深く瞑想でもしてるんだろうか。
今すぐ会いに行きたかったけど、修行の邪魔になるかもと思うと足が動かない。
「悟飯さん、ピッコロさんを呼んで来て一緒にお茶でも飲みましょう。」
デンデがそう背中を押してくれたので、僕はピッコロさんの部屋に向かうことにした。
考えてみれば、ピッコロさんの部屋に入ったことないんだよなあ。
いつもピッコロさんは僕を出迎えてくれて、そのまま外で組み手をしたり話をしたり。
だからちょっと緊張する。
こんこん、と控えめにノックをしてみるけど返事はない。
扉を開けて中を覗く。
白一色の部屋にはベッド以外のものはなかった。
そのベッドの上にピッコロさんは寝ていた。
「ピッコロさ…。」
寝ている姿なんて初めて見たかもしれない。
近寄ると、白一色の壁に別の色が見えた。
「…これ。」
「悟飯?」
気配を感じたのかピッコロさんは目を覚まして、そして僕の視線の先に気づいて慌てたように自分の背中でそれを隠してしまう。
「ち、違うぞこれは!ただ、そう、何も飾るものがないから仕方なくだな!」
ヘタな言い訳は僕を喜ばせるだけだ。
ベッドしかないシンプルすぎる部屋に、全く場違いな一枚の古い絵。
自分の記憶以上に下手くそだった、それは昔僕があげたピッコロさんの似顔絵。
ずっと大事にしてくれていたんだ。
「ピッコロさーん!」
嬉しくて嬉しくて、思わずピッコロさんに抱きつく。
「なっ、クソガキ離れろ!」
本気で嫌がったら止めるつもりだし、しばらく修行をしてない僕の腕からなら逃げ出すことも出来るだろう。
でもピッコロさんはどちらもしない。
「ピッコロさん、大好き。」
そう言うと、ため息をついて抵抗まで止めてしまった。
「…久しぶりに聞いたな。」
「あはっ、本当ですね。」
幼いころの好きとは違う感情になってしまって、僕はあまり好きだと言わなくなっていた。
その間、ピッコロさんはこの絵を見続けてくれていたんだと思うと嬉しくて、ただ愛しさがこみ上げる。
「ピッコロさん、好きです。大好きです。」
この思いの大きさをどうやって伝えよう。
「だーいすき。」
「ああ、知っている。」
ふと笑う気配がした。
同時に腕が背に回される。
触れあう部分から暖かい気持ちが伝わってくる気がした。
大好き。
大好き。
やっぱり僕には、それを言い続けるしか出来ないけれど。
それで十分なのかもしれないと思えた。
『ピッコロさん、これもらって下さい!』
昔、僕はそう言って一枚の紙を師匠に差し出した。
そこには当時の自分には精一杯、丁寧に気持ちをこめて描いたピッコロさんの似顔絵。
幼かったから、多分とても下手だったと思う。
絵を見たピッコロさんも苦い表情を浮かべていたし。
似顔絵の横にこれまた丁寧に、ピッコロさんだいすきという文字も書いたから、もしかしたらそっちを見ての表情だったかもしれないけれど。
でも幼い僕は構わず続ける。
『僕、毎日ピッコロさんにだいすきって言いたいんですけど、毎日は会えないから。だから僕がだいすきって言えない日は、この絵を見て下さいね!』
お母さんはピッコロさんを、怖いって言う。
世界征服を企んでいた悪いやつだって。
でも僕は全然そう思わない。
ピッコロさんは厳しくて大きくてとても優しいんだから。
僕はピッコロさんが本当に大好きで、毎日一緒にいられなくなった分を少しでも埋めたくて。
大好きな気持ちを表したくて絵を描いたんだ。
ピッコロさんは何も言ってくれなかったけど、黙って絵を受け取ってくれた。
そしてほんの少し口端をあげて笑ってくれた。
『ピッコロさん、だーいすき!』
体からあふれそうなくらいの気持ちを伝えたくて、僕は何度も何度もだいすきと言った。