幕恋 土鈴

剣を振るう身として、武士として、いつか死ぬ日が来ることは覚悟していた。
ただ、それでも自分が死ぬ瞬間を想像なんてしていなかったから。
訪れるいつか、を断定されてしまったら。
…明日、死ぬのだと知ってしまった今。
私はどうしたら良いのだろうか。


恐怖は、ないわけじゃない。
でもあまり怖いとも思わない。
なのに胸に引っかかるこのもやもやした気持ちは何だろう。
言い表せない複雑な気分はひどくもどかしくて。
何だか切ない。

「桜庭、こんな所で何をしてるんだ。」
ふらふらと五稜郭内を歩いていたら土方さんと出会った。
土方さんの顔を見ただけでもやもやした気持ちがすうっと引いていく。
「土方さん。」
だから自然と笑顔が浮かんだ。
「…何だか落ち着かなくて散歩してました。」
明日になれば、新政府軍が箱館に総攻撃を仕掛けてくる。
明日になれば、きっと全てが終わってしまう。
私達は戦って、そして。

「…死ぬ覚悟は出来ていた筈なんですけど。」
土方さんを前にして、我慢していた不安が溢れ出す。
こうやって戦中にしては穏やかな時に執行猶予を与えられてしまうと、考えなくても良いことまで考えてしまう。

「甘いものを食べても剣を振っても、こうやって散歩しても全然駄目で…。」
「明日が怖いか?」
土方さんは単刀直入に聞いてきた。
けれどその声色は穏やかだったから。
「正直、少し…。」
本音を漏らした。

死ぬ前に私は何をすれば良いのだろう。
何が出来るだろう。
そんな事を考えてた。
「その割に、今はそんな雰囲気がないが?」

そうですよね。
自分でも驚くくらい、土方さんの姿を見ただけで落ち着いてしまったのだもの。
上手くそれを説明できなくて、代わりにほんの少し笑う。
「皆、同じだ。」
土方さんも僅かに笑って言った。
…それは今この場にいる仲間を指している?
それとも。
山南さんや近藤さん…もしかしたら平助君や沖田さん達の事?
どちらにしても、確かにそうだ。
皆きっと死ぬ覚悟を決めてその日を迎えたのだろうと思うから。

「それにまだ俺がいる。恐れることなどねえだろう。」

…本当に、その通りですね。
何をしても消えなかったもやもやした気持ちは、もはや無い。
それは土方さんが居てくれるから…。

「じゃあ、いて下さいね…最期まで。」
「いてやるさ。いつまででも、お前の傍に。」


不安はもう無い。
だから笑おう。
最期の時間を、いつも通りの気持ちで過ごせる事はきっと幸せなのだから。
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