花柳/B
「野村ー!」
敵に背は見せないと誓った男は言葉通り。
いくら名前を呼んでもこちらを振り返りはしなかった。
思い返せば、俺はいつも野村の背中を見ていた気がする。
『相馬!どこ行くんだ?』
『…散歩だ。』
『よしじゃあ俺も!』
『野村…。全く。』
いつもくっついてくるあいつに、俺はよく呆れたようにため息をついた。
数歩先まで進んだ野村がくるりと振り返る。
『何してんだ相馬、早く行こうぜ!』
そして野村があんまり無邪気に笑うから、追い払う気が失せてしまうのだ。
いつもいつも。
野村は俺の数歩先を進む。
けれどいつだってこちらを振り返り、時には腕をひいて。
俺たちは共に歩いてきた。
「野村…野村っ!」
いつもは名前を呼べば振り返って笑うのに。
死を覚悟した男はどれだけ叫んでも振り返らない。
――結局、お前は俺の前を歩き続けるんだな。
追いかけても追いかけても、もう追いつけない。
最後まで、背中しか見せてくれないのだ。