花柳/B
その人は、扉を開けるなり思いっきり嫌そうな顔をした。
俺一人しかいない道場をぐるりと見回してため息をつく。
「…。」
「おはようございまっす大石さん!」
そのまま無言で帰ろうとする大石さんを捕まえて、無理やり道場の中に招き入れた。
「…お前一人?」
「そうっす!」
「あの女は?」
今日は花柳館の皆は思い思い出掛けてしまっていて、俺が留守を預かっている。
「倫ちゃんなら相馬と逢い引きっすよ。」
「へえ…。」
今までつまらなそうだった大石さんがにやりと笑う。
「お前はのけ者かい?哀れだねえ。」
言葉とは逆に楽しそうな大石さんに俺も笑った。
「そんな事ないっすよ。」
倫ちゃんと相馬は誘ってくれたけど自分から断ったんだ。
二人のお邪魔はしたくないし、何より。
大石さんに会いたかったから。
「今日あたり道場に来るかと思って、待ってて良かったっす。」
望んだ通りになったんだから全然哀れなんかじゃない。
ね?と笑顔で大石さんの顔をのぞき込むとあっけにとられたような、驚いたように見開かれた瞳と目が合ってしまった。
あれ、ちょっとだけ意外な反応…。
「…おかしな奴。」
けれど、それはすぐにいつもの表情に戻り大石さんはくっと笑った。
「ならせいぜい、留守番してなよ。」
「え!大石さんもう帰るんすか?!」
「俺はお前に、用なんかないしねえ。」
うわ、冷たっ。
こんなに俺が会いたかったのに、大石さんはあっさり俺をかわして道場を出ていってしまった。
「…。」
一人になってしまってから、さっきの大石さんの顔を思い出す。
普段は見ることの出来ない表情を見られたことが嬉しくて、頬が緩んでしまう。
うん、今日は留守番をしてて良かったな。