幕恋 芹鈴

大好きだと思った。
心の底から愛しいと思うほど好きな人だった。

けれどその人に訪れる、遠くない未来を知ってしまったから――。



角屋で催された宴会。
皆、本当の目的も知らず楽しそうにお酒を飲む中私は一人、手に持ったお茶を見つめて何度目とも分からないため息をついた。

…今日芹沢さんは殺されてしまう。
知っているのに今日まで何も出来なかった。
こんなにこんなに大好きな人の命に関わることなのに。

ただ一つはっきりしているのは、芹沢さんが誰かに斬られるところなど見たくはないという事だけで…。

ちらりと土方さん達に囲まれている芹沢さんを盗み見る。
お酒を飲ませて酔わせようと言う罠なのだと、知ってか知らずか芹沢さんは機嫌が良さそうにお酒を飲んでいた。
「…すいません。気分が悪いので先に屯所へ戻りますね。」
近くにいた隊士に一応断りを入れて、私は角屋を出た。

…これ以上芹沢さんを見て、平常心でいられる自信がなかった。部屋へ戻ってからも考えるのは芹沢さんの事ばかり。
時間だけが無情に流れていく…いっそ時が止まれば良いのに。
泣きたく、なった。

その時芹沢さんが戻ってきた気配がした。
もう時間は残されてないんだ、と悟って深く息を吐く。
…誰かに殺されてしまうなんて嫌だから。
そうなるくらいなら。
私は刀を握り、立ち上がった。


「失礼します、芹沢さん。」
わざわざ声を掛けて部屋の中へ入る。
芹沢さんは私の姿を見て少し驚いたみたいだけどすぐに笑みを浮かべた。
「まさか桜庭、お前が来るとはな。…力の差くらい理解していると思ったが。」
「…はい。」

怯みもしない私に芹沢さんも刀を握る。
「馬鹿な女だ。俺など放っておけば少しは長生き出来たものを。」
「馬鹿で、良いんです。芹沢さんが他の誰かに斬られる位なら…。」
私は刀を構えて芹沢さんに向かった。

体に衝撃が走って、倒れる。
芹沢さんが私を見下ろしている。

…分かってた。
勝てるはずないと。
そして勝つつもりもなかったから、痛みに耐えながらも笑った。

誰かに殺される所を見るくらいなら、その前に死んでしまいたかった。
芹沢さんのいない未来なんて、嫌だった。
そう思うほど依存していた、好きだった。
その手にかかって逝けるのならそれこそ本望。

「大好き、です…芹沢さん…。」
力なく呟くと、芹沢さんはすっと屈んで。
「やはり馬鹿な女だな。」
ふと笑う気配がして、私の頭を大きな手が優しく撫でる。
「待っていろ。俺もすぐに逝く。」

意識が途切れる直前、部屋の襖が開け放たれる音を聞いた。










何かがおかしい。
そう感じた。
新見さんが切腹するなんて、誰も予想していなかったことだろう。

調べてみようとしたら、山崎さんに釘まで刺された。
やっぱり…何か違和感がある。
近藤さん達や、芹沢さんの行動も。

芹沢さんなんてずっと手放さなかったお酒まで断ってしまったのだから。
一体、何が起こっているんだろう。
注意してくれた山崎さんには悪いけど…調べてみよう、そう思った。


出来る限りこっそりと行っていたのだけど。
私は監察ほど上手くはないし、私の行動をいち早く察した土方さんに呼ばれてしまった。

「…失礼します。」
めったに入る機会などない土方さんの部屋は、他と漂う空気さえ違うような気がして身を強ばらせる。
「桜庭。」
腕を組んで座っているだけなのに、土方さんの存在感はとても大きくて。

私は襖を閉めて近くに正座した。
土方さんは無表情でちらりと私を一瞥する。
「なぜ呼ばれたか、分かってるよな。」
「…はい。」
来た、と無意識に体に力が入る。
「それでもまだ、ふらふらと調べ事を続ける気か?」
「…。」やっぱり調べてはいけない事なんだ。
土方さん達に、もしかしたら新選組にとって知らないでいた方が良いことなのかもしれない…。
でも。
芹沢さんに関係する事かもしれないから。
…不純過ぎるけれど、好きな人が関わるかもしれないことを無視は出来ない。

私は覚悟を決めて、頷いた。
「…そうか。」
土方さんは意外にも大きくため息をついただけだった。
「お前には隠しておいてやろうと思っていたが…このままじゃ埒があかねえな。」
「え…?」

土方さんは私を見据えて言った。
「俺達は芹沢さんを暗殺する。」
「…っ?!」
その言葉に驚きすぎて、声も出ない私に土方さんは淡々と続ける。
「数日後、宴会を開く。そこで芹沢さんに酒を飲ませて酔ったところを叩く。そういう事だ。」

え…、え?
芹沢さんを、暗殺?
土方さん本気でそんな事を言ってるの?
衝撃的な言葉に頭が上手く回らない。
まさかそんな事になってるなんて、思ってもみなかった。
…確かに最近の芹沢さんの言動は目に余るところがあったけど、だからってまさか。「…それは、決定なんで、すか?」
震える声で尋ねた。
「会津公からの御下知だ。」
会津公からの…。
そこまで大きくなってしまっているんだ。

「だからこれ以上余計な言動は控えるんだな。邪魔をしたら…お前であっても容赦はしない。」
嫌だ。
そんなの、嫌。
芹沢さんが殺される?
縋るように土方さんを見つめた。
「…だから、お前には黙っているつもりだったんだ。」
私の姿を見て、土方さんは呟いた。
ああ…もう、どうにもならないの?
本当に、どうにもならないの…?
じわり、と涙が溢れてきた。
土方さんはそれに気付いたのか部屋を出て行く。

――知ってしまった私はどうしたら良いのだろうか。
…もし今から芹沢さんにそれを伝えても、あの人は逃げも隠れもしてくれないだろう。
自分の言動を改めようとは、しないだろう。
そういう、人だ。
だからこそ惹かれて…ここまで気持ちが大きくもなった。

だからと言って、暗殺を止めるよう土方さん達を説得するのも私には無理な話で…。
土方さん達にも正義がある。
新選組を守り大きくしていくという…。
それは良く、分かっているから。

だからこそ私は。
好きな人のため、新選組のために一体何が出来るんだろう。


突きつけられた事実に、涙が零れた。

残された時間は僅かしかない。
4/11ページ
スキ