花柳 高倫


「桜が咲いたら、一緒に見にいこうかお嬢さん。」
ある日、私のもとに会いに来てくれた高杉さんから嬉しい言葉をもらった。
「儚くて強い。桜はきっとお嬢さんに良く似合う。」
そう言って笑っていたのは、高杉さんがまだ病にふせる前のこと。


「失礼します。」
私は療養中の高杉さんの部屋を訪れた。
昨日来たときは具合が良かったけれど、今日は調子が良くないようで。
「やあ、お嬢さんか…。」
「い、良いです。どうか寝ていて下さい。」
布団から体を起こそうとするのを必死で留めたけれど、高杉さんは無理やり体を起こしてくれた。
…病人扱いして気遣ったりするのは高杉さんの望まないことだと分かっている。
だから私はそれ以上何も言えなくなるのだ。

「ところで…手に何を持っているんだい?」
「あ、そうでした…。」
ふと、両手で覆っていた手元に視線を落とす。
手をよけると、中には桜の花。
「桜か…綺麗だな。」
「はい、もう咲いているんですよ。」
見せたくて、花を一輪だけ持ってきたのだけど。
顔をほころばしてくれたから私も嬉しくなる。
「いつの間にかそんな時期なんだなあ。」
「そうですよ。みなさん高杉さんの復帰を待っていますよ。高杉さんは日本に必要な方なのですから。」
他の仲間が日本のためにと各地を駆け回る中、病と戦い自分の理想にむけて活動出来ない今の状況は、どれほど辛いものだろう。
私にはこうして、時に花を持ってきて心を休めてもらうくらいしか出来ることがないのが悔しい。

「お嬢さん、そんな顔をしないでくれ。」
「…すみません。」
私より高杉さんの方が辛いに決まっているのに、日に日に弱っていく姿を見ると胸が締めつけられる。
「俺は、毎日お嬢さんに会える今の状況を案外気に入っているんだがなあ。」
「高杉さん…そんな、ちゃかさないで下さい。」
「ははは、すまない。」いつでも優しく笑うその姿に、私も無理やり笑顔を作る。

「…しかし、そうだなあ。早く治さないと桜の季節も終わってしまう。」
「え?」
「一緒に桜を見ようと約束したのを、俺は忘れてはいないよ。」
…まさか、あんな何気なく交わした約束を覚えていてくれているとは思わなかった。
あの頃の高杉さんはとても忙しそうだったから。
私を思って言ってくれたのだと、その気持ちだけで十分嬉しかった。

「私のことは、良いのです。高杉さん。」
ああ本当に、あなたはなんて優しい人。
だから私はせめて、ただ病に打ち勝つことを信じて祈る。
「今年が無理でも…来年でも、その次の桜だって。いつまででも待ちますから。」
だから、ずっと。
どうかあなたの傍にいさせて下さい。
「…ありがとう、お嬢さん。」
やがて高杉さんは微笑んだ。
桜のように儚く、強く。
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