花柳 高倫
現在、香久夜楼には高杉さんが潜伏している。
だから高杉さんのために一日の時間全てを使いたかったのだけど、普段通りの私が見たいと言われたので花柳館で咲彦君と稽古をすることに。
「はっ!」
高杉さんは、楽しそうにそれを眺めていた。
「お嬢さんは勇ましいなあ。」
稽古を終えて高杉さんの傍へ行くと、感心したように声を掛けられた。
…何も考えず真剣に稽古に取り組んでしまったけれど、女の子が武道だなんて普通しない。
女の子らしさの欠片もないところを見せてしまって呆れられたかもしれない。
「…こんな女では、嫌ですか?」
高杉さんには嫌われたくない。
不安げに見つめると、高杉さんは優しく目を細めた。
「まさか、逆に惚れ直したくらいだ。」
「高杉さん…。」
「…二人とも、場所をわきまえる気はないのか?」
「あ…庵さん。」
いつの間にか庵さんが複雑な表情を浮かべて立っていた。
「すまないな庵さん。だがお嬢さんの日常をこうして見られるのがとても嬉しくて、何をしている姿でも惚れ直すんだ。」
「高杉くん、言っているそばからのろけないでくれ。」
「ああ、だが。」
「そういうのは二人でいるときに言っていれば良いだろう。」
それを聞いて高杉さんはどこか楽しそうに笑い、私を振り返る。
「了解した。ではお嬢さん、俺の部屋に行こうか」
「あ、はい。」
「そういう意味で言ったわけじゃない。」
私の手を取り歩きだそうとする高杉さんを、庵さんは慌てたように引き留めた。
「話がしたいならここで話したまえ。」
何がそんなに面白かったのか、高杉さんは笑いを堪えきれず吹きだした。
「…あまり人をからかわないでくれないか、高杉くん。」
庵さんがこんな風に人に言い負かされたり、慌てる姿なんてめったに見られるものではない。
なのにこんな簡単にそれをしてしまう高杉さんはすごいと思った。
どんな行動、台詞、しぐさ一つでも。
今の私にはあなたをもっと好きになってしまう理由にしか、ならないらしい。