花柳 野倫


自分が大切にされていた事は分かっていた。
危ない仕事をする時も、庵さんは決して人を斬る事は許さなかったし、そこまでに至る事もなかった。
それは全て、優しさ。


「倫ちゃん?」
ぴりぴりとした空気を感じながら深呼吸をしていたら、場違いなほど穏やかな声が聞こえた。
「野村さん…。」
「大丈夫?戦える?」

新選組に入って初めての戦いが始まろうとしていた。
不安は表に出していないつもりだったけれど、野村さんには知られていたらしい。
心配そうに覗き込む瞳に本音が漏れた。
「…覚悟は決めていた、つもりでした。でもやっぱり人を斬るのは。」
怖いです、と口に出したら動けなくなりそうで。
でも入隊した以上、野村さんの傍にいると決めた以上私が進む道は一つしかない。
そして戦いの中生き残るには敵を斬るしかないと分かっているのに。
「それで良いんじゃないかな。」
「え?」
野村さんは不意に微笑んだ。
「斬るのも斬られるのも怖くない奴なんかいないさ。」
優しい笑顔にふっと心が軽くなっていくような気がした。
「それにさ、倫ちゃんが言う覚悟って斬った相手の人生を奪ってしまう事だろ?…そういう風に考えてくれる相手に斬られるなら本望だと、俺は思うけどね。」

…きっとこの戦いは、終わりへ向かう始まり。
だから今戦いに身を投じたらもう逃げることは叶わないだろう。
でも野村さんがそう言ってくれるなら、笑顔を向けてくれるなら。
戦っていける。
あなたがいてくれるなら、きっと。
この両手が血に染まろうとも。

「…って、こんな優しさしか上げられなくてごめんね。」
君が戦わずに済む選択肢は与えられなくて、と野村さんは呟いた。
真摯な言葉に私はゆるゆると首を横に振る。
…選んだのは自分。

「十分です。ありがとうございます野村さん。」
どれだけ私を思ってくれた言葉か伝わってくるから。
人を斬る苦しさも辛さも、あなたの精一杯の優しさを感じられたから乗り越えられる。
「うん。…よし、じゃあ出陣だ!」
「はい。」

覚悟は、決まった。
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