花柳 野倫


小さくて柔らかくて暖かくて。
真っ白な彼女の手を血で紅く染めてしまったのは、俺。



連日降り続いていた雪が止み青空になった。
俺は本営を抜け出して、五稜郭の土塀にあぐらをかいた。
目下には真っ白な雪に覆われた箱館の町が広がり、海まで見渡せる。

俺の体も手も、このきれいな町も雪が溶ければ血に染まってしまうのだろう。
それが戦。
侍だ、けど。
その一言であの子までを巻き込みたくなんてなかった。

庵さんはあの子に、ほとんど刀を抜かせなかったし絶対に人を斬らせなかった。
真っ白だった彼女は俺なんかについてきたせいで人を斬り、血を流す。
「はあ…。」
きらきらと日に反射して光る雪景色を見つめてため息が漏れた。
「大丈夫ですか?野村さん。」
突然横に現れた彼女に驚いてしまう。
近寄ってくるのも気付かないくらい考えに耽ってしまったのだろうか。
「倫ちゃん…。」
倫ちゃんがいつものように笑顔を向けてくれるから、何だか泣きたくなった。
「野村さん?」

そんなに情けない顔をしたのか、倫ちゃんは僅かに苦笑してから。
屈んで俺をふわりと抱きしめてくれた。
そのぬくもりにまた泣きたいくなった。
ぎゅっと抱きしめ返して呟く。
「…ごめんね。」
優しくてきれいな君を、こんな場所まで連れてきてしまって。
血に染めてしまって。
今更、こんな風に謝る事しか出来ないなんて。
「何がですか?」
「…君を戦わせるんじゃなかった。」

言った瞬間、ぱっと倫ちゃんの体が離れた。
真剣な眼差しでじっと俺の顔を覗き込む。
…そしてやっぱり君は笑うんだ。
「私は、野村さんが思っているほどきれいではありませんよ。」
だから気に病まなくて良いと、俺の考えなどお見通しで。
「それに野村さんと一緒にいられるのなら、血に染まることも本望です。」
その笑顔は、雪よりもなおきらきらとして。

ああ、君は強いね。
なら俺は、君がこの道を選んだことを後悔などしないよう、君と一緒に戦い続けよう。
生き続けよう。
そう思えた。



「野村さん、戻りましょう。」
「そうだね。」
手をつなぎ歩き出す。
俺の為に全てを受け入れる倫ちゃんは、どれだけ血に染まろうと汚れはしないのだろう。

その笑顔も優しさも真っ直ぐなまま。
この大地のように、真っ白なのだと。
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