花柳 高倫
高杉晋作が病気だ、という情報を得てから私は全く落ち着かなかった。
なぜなのか、なんて分からない。
たった一度会っただけの人なのに。
けれどもう一度会いたいと、どうしようもなく思った。
以前庵さんと菊さんと一緒に辿った道を進み長州を目指す。
意外な事に庵さんはあっさりと長州行きを承諾してくれた。
…例え反対されても行くつもりだったけれど。
そこまで私を動かすものの正体は相変わらず分からない。
なぜこんなに足が速まるのか、さえ。
「お嬢さん、こんな所まで何の用だ?」
もうすぐ長州だと言うところで声が聞こえた。
慌てて視線をやると馬に乗った高杉さんがいた。
「た、高杉さん…なぜここに?」
馬から降りて近づいて来る彼に驚いてしまう。
会いたいとずっと思っていたけれど、まさかこんな場所で出会うとは予想もしていなかったから。
「庵さんから、君がこっちに来ると連絡が入ってね。」
「そうではなく…ご病気なのでは?休んでいなくて平気なのですか?」
治る見込みのない病だと聞いている。
こんな風に馬で遠出などして良い体ではないはずだ。
「はは、何だそれは。誰が言った冗談だい?」
わざと明るく振る舞っているけれど、体調が良くないって事は一目で分かる。
でもそれ以上深く尋ねてもこの人は本当の事など言ってくれないだろう。
「それよりここも安全ではない。早く戻った方が良いだろう。」
突然真剣な瞳を向けられたから、思わず頷いてしまった。
…けれどもう一度会うという目的は一応果たされたはずで。
帰ることに何の問題もない。
ない、はずなのに。
「送ってはやれないが気をつけて、お嬢さん。」
離れたくない。
帰りたくなんかない。
「…倫、です。」
「ん?」
「私の、名前。」
呟くと高杉さんは一瞬驚いたようだったけど、それからふと笑った。
「ああ、そう言えば俺達名乗り合ってもいなかったな。俺は高杉晋作。」
「…志月倫、です。」
「別れ際に自己紹介ってのもおかしな話だな。」
くつくつと高杉さんは楽しそうに笑う。
確かに今更なのかもしれないけれど、どうしても私の名を知ってほしいと思ったから。
もっと一緒にいたい。
その思いは今や溢れるばかりだ。
だけど高杉さんは無情にも別れの言葉を切り出した。
「それじゃあな。」
…これ以上引き留めても迷惑になるだけだと分かっている。
分かっているけど私は。
「…会いに来てくれてありがとう、倫。」
「…!」
涙が出そうだった。
今別れたらきっともう二度と会えない。
こんな時になって、あなたをこんなに焦がれていたのだと気付いた。
傍にいたい。
出来るのならずっと高杉さんと一緒に。
…だけど。
だけどあなたはそう言って笑うから。
「…ええ、さようなら高杉さん。」
私の気持ちはきっと重りにしかならないだろう。
だからせめて。
もしいつか私を思い出してくれる時があるなら笑顔であってほしいから。
今は無理をしてでも、笑おう。
そうして私は、高杉さんの姿が見えなくなるまでずっと笑顔を浮かべていた。