幕恋 芹鈴
人の心なんて簡単に変わる。
思想や信じるべきものの変化は裏切りとも呼ばれるかもしれないけど。
私の変化はそういう類じゃない。
そもそも望んだ訳ではなかったのに、この心は一目見ただけで、その人への印象を呆気なく変えてしまった。
それは畏怖から憧れへ―
「なぜいつも俺を見ている。」
「え?」
屯所の廊下をただならぬ雰囲気で歩いてきたから、何事だろうと構えていた私はたいそう間抜けであろう声を上げてしまった。
「最近視線を感じる。お前だろう。」
芹沢さんは鋭い瞳で私を見据える。
えーと…。
私は即答する事が出来なかった。
だってそんないつも、なんて言われるくらい芹沢さんを見ていたって自覚がなかったから。
確かに芹沢さんに対する印象が変わったのは、最近になってからなのだけど。
それは私が入隊して間もなく。
壬生浪士組が大阪に下ったときのこと。
その時芹沢さんが行く手を遮った力士を斬ってしまって。
その後、部屋を借りて休んでいる私達の元へ仲間を引き連れて仕返しにやってきたのだ。
力士の数はゆうにこちらの倍以上。けれども芹沢さんは楽しそうに笑った。
そして刀を使わずに彼らを軽々と倒してしまったのだ。
「すごい…。」
素直に私はそう思った。
もちろんそこに至までの行動は、決して褒められるものではないのだけど…それすら忘れてしまう程強烈に、衝撃が私の心に襲いかかる。
大勢を相手にしているのに、体格だって違うのに、刀さえ使っていないのに芹沢さんの動きは正確で鮮やか。
目を奪われ、心まで奪われたようにその姿を追った。
いつもお酒の匂いをさせていて、気に入らなければ容赦なく鉄扇をふるう。
存在感はあったけれどそれは局長としてではなくて。
自由すぎる芹沢さんは私含め、ほとんどの隊士にとって畏れる対象でしかない。
…なかったけれど。
畏れだけではない何かが生まれたのはその時だ。
「す、すいませんっ…!!」
言い訳も、否定も肯定も思いつかず私はとりあえず頭を下げる。
いつも、見ていた自覚はなかったけど。
考えてみれば私の記憶の中にたくさんの芹沢さんの姿が浮かぶから。
無意識なのか何なのか、とにかく芹沢さんの言う通りいつも見てしまっていたのだと思う。芹沢さんはふん、とつまらなそうに呟く。
「邪魔だからもう視線を寄越すなよ。」
「…。」
言って、去っていく芹沢さんの後ろ姿を見送りながら私は何故か返事をする事が出来なかった。
直接言われてしまった言葉に、胸がずきっと痛む。
このもやもやした気持ちは一体何だろう。
釘を刺されたばかりだというのに私はじっと、芹沢さんの姿を見つめるのだった。
畏怖から憧れへ。
そして憧れから、気持ちが変わろうとしていることに私はまだ気付かないでいた。
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