幕恋 芹鈴


今日は屯所の近くでお祭りがある。
非番だったし、賑やかな音に誘われてうきうきと一人お祭りへ向かった。


「あ、可愛いなあ。」
露天のひとつに私は足を止めた。
色とりどりの簪が売られていて、その中でも小さな花があしらわれているものに目を奪われる。
新選組に入隊してからは全然簪を使う機会はないけれど、それでもやっぱり可愛いものは可愛い。

「おい、何をしている。」
「あ…芹沢さん。」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには芹沢さんがいた。
こんなところを見られるなんてちょっと恥ずかしかったけど、偶然会えたことは純粋に嬉しい。
けど芹沢さん、眉間にしわが寄っていて少し機嫌が悪そう。
「こんにちは。…芹沢さんもお祭りの見学、ですか?」
話しかけても良いのか迷ったけれど。
そして芹沢さんが人で賑わうお祭りを一人で見に来るなんて、そんな事はあり得ない気がしたけれど。
せっかく屯所の外で会えたのだし、何か会話をしたかった。
「桜庭、酒を買ってこい」
でも芹沢さんは、私の言葉を全く無視して言い放つ。
機嫌が悪い…というより人混みにうんざりしているみたい。
重たいため息をつく芹沢さんに、機嫌の悪いときのような近寄りがたい雰囲気はない。
あ、良く見ればいつも酒瓶を持ち歩いてるのに今日は持ってないし。
「あの。」
「いいから早く行け。」
…うう、取り付く島もない感じだなあ。
じろりと鋭い視線で睨まれてしまったので、これ以上の会話は諦めてお酒を買いに走った。


やっぱりどこも人が多くて、お酒を買うのに時間がかかってしまった。
芹沢さん、まだあの場所にいてくれてるかな。
少し不安にかられたけれど芹沢さんはちゃんと待っていてくれて、すぐに見つけることが出来た。

走って息の切れた呼吸を整える。
すぐに走り寄れば良いのだけど、その独特の雰囲気に足が止まる。
そこだけ喧騒とはかけ離れているような静かでゆったりとした空気。
ただ立っているだけなのに、目が離せない。
ああこの人は、やっぱりすごい。
私には届かない、近寄ることも出来ないほど。
しばらく見とれているとふ、と芹沢さんが私に気づいた。
「遅い!」
「す、すみません…!」
ずかずかと芹沢さんが歩み寄ってきて酒瓶を奪い取る。
…近づけない、私に近づいてくれる。
それがなぜだかすごく嬉しかった。
酒瓶を口元まで運んだ芹沢さんは一度動きを止めて私を見た。
「ああ…駄賃代わりだ。」
そう言ってぽい、と何かを投げてよこした。

「え?」
とっさに手で受け取ったそれは、風車。
「お前のような女に簪などまだ早いからな。」
「芹沢さん…。」
風車には小さな花の模様が描かれている。
見ていた簪と、雰囲気が似ていた。
わざわざ選んでくれたのかな。
そうなら、嬉しい。
「ありがとうございます、大事にします!」
「…隣に売っていたから買っただけだ。だが、そんなに喜ぶなんてやはり簪はもっと先だな。」
確かに簪の隣には風車が風でくるくると回り、売られている。

でも、それでも良い。
何だって良いのだ。
芹沢さんが選んで、私に贈ってくれた。
そして、こうして笑顔を向けてくれるのだから。

いつもより穏やかに笑って、芹沢さんはぐいとお酒を煽り歩き出す。
あ、行っちゃう…。
追いかけたい、ついて行きたい。
そう思いながら足が動かず数歩先を行く芹沢さんを黙って見送っていたら、途中で立ち止まり振り返った。
「何をしてる。さっさと来い。」
当然のように。
そう言ってくれることが本当に嬉しくて。
「…はい!」

ぎゅっと風車を握る。
足は自然と動いた。
7/11ページ
スキ