幕恋 大鈴


人の命なんて呆気ないものだ。
大勢の人間を斬り殺してきた俺には良く分かる。
だからそんな呆気ないものを、儚いなんて。
綺麗な言葉で飾るのは似合わないんだよ。



「大石さん!今回は捕縛を優先するって言われていたのに、なぜ簡単に人を斬るんですか?!」
任務が終わって刀を鞘に収めるとほぼ同時に、同じ隊士の桜庭が怖い顔をして詰め寄ってきた。
「…優先、とは言われたけど斬るななんて言われた覚えはないしねえ。」
こいつも、よくまあ毎回同じ事を言ってくるもんだ。
俺に何を言ったって今更この生き方は変わりやしないのさ。
…それが分からないわけでもないだろうに。

「なら代わりにお前が俺に斬られるかい?」
「嫌ですよ、何で私が!」
力一杯否定するその姿にくっと喉を鳴らす。
桜庭の綺麗事を聞かされる度に思う。

こいつを斬ったら、楽しいだろうと。



それがいつからだろう。
桜庭に斬られるのを望むようになったのは。
綺麗事を紡ぎ続けるあいつは、いつだって真っ直ぐな瞳で俺を見ていた。
凛と立っていた。
…ああ。
この顔が俺を斬るとき、どんな風に変化するのかなあ。
そう考えたら楽しくなってきた。
笑うのだろうか、怒るのだろうか。
それとも。

ああ、しくじったなあ。
道を歩きながらぼんやり思った。
昨日不逞浪士を斬った時に一人逃がしてしまったせいか、ぴりぴりと心地良い殺気が俺に向かっている。
この後、屯所に戻って巡察の任務に出る予定だったけど…ふと一緒に任務につく相手の顔を思い浮かべて足が止まる。
この人数だ、あいつを巻き込んで死なれたら困るからねえ。
くっ、と喉を鳴らして俺は刀を抜いた。

一人、二人…と刀は体に吸い込まれるように入り込み血しぶきが舞っていく。
人の命のなんて呆気ない事か。
それにしても数ばかり多いな…。
いつもなら心躍るはずの状況になぜかうんざりした。

しばらくすると、だんだんと息が上がり体が重たくなってきた。
返り血で刀が上手く握れない。
立っている敵はあと数人…本当しつこいね。
刀を振り上げる。
あと三人、二人…。
最後の一人という時にずるりと刀が血で滑った。
腹の辺りに鈍い衝撃が走る。
体が言うことを聞かずぐらりと視界が揺れた。

敵の刀が俺に向かってくる。
しかし体に突き刺さる前にそいつは崩れ落ちた。
「…っ…?」
目の前には刀を握りしめた桜庭が立っていた。
なぜ、お前がここに。「…大石さん!」
倒れた俺に駆け寄ってくる桜庭は、それこそ今にも倒れそうなくらいに悲痛な面持ちで。
「巡察なのに、大石さんが来ないから探しにきたんですっ…。すみませんもっと、早く見つけられたら…!」
何でお前がそんな顔をする。
なぜか笑えた。
「…っ…。」
ああ、声が出ない。
痛い、苦しい。
何だこれは。
何て言うのだろうこういう気持ち。
斬り合いで果てるなら本望だと、思ってたのになあ。
涙を溜める桜庭の顔を見てると殺したいとか殺されたいとか、それとは違う気持ちが湧き上がってくる。


人の命が呆気ないってこと、俺が一番良く知っている。
自分の命だって呆気なく終わってしまうと知っていた、はずだ。
けれど今、初めて気づいた。
事切れる間際のこの祈りこそ、儚いと呼ぶのだろうと。

死にたくない、なんて。
――この俺が祈る日がくるとはね。



















少しずつ血が体から流れていく。
ああ、俺はこのままじわじわと死んでいくのか。
もうほとんど感覚なんか残っていないくせに、俺の顔を覗き込む桜庭の瞳から零れ続ける涙がやけに熱く感じた。

「ねえ…このまま、死んでいくなら…お前、俺を斬ってよ。」
「…!」
死にたくない、なんて思っても叶うはずない。
この状態で救いなんて得られやしない。
…儚い、祈りなど俺に似合わないからせめていっそ、お前の手でひと思いに。
それはいつか望んだ形とは何かが違うけれど。

「…い、やですっ…!」
しかし桜庭はぐいっと涙をぬぐって俺を真っ直ぐに見た。
強い意志を宿した瞳。
倒れてしまいそうだった印象は既にない。
「大石さん、駄目です。ずるいです…そんな風に、諦めるなんて。簡単に死のうだなんて、今まで大石さんが斬ってきた人達にも失礼です!」

ああ、どうして。
俺の心なんてお見通しかい。
楽に死ぬ事すら許されないってわけか。
こんな状態でまだ生きろと、格好悪く生にしがみつき足掻き続けろと?
…最後までお前は真っ直ぐに綺麗事を紡ぐのか。
「…お前そん、なに…俺が嫌い、か…?」
今更分かりきった質問が口をついて、自虐的な笑みさえ浮かぶ。
「…何を言っているんですか。」
けれど桜庭は悲しげに眉を寄せて答えた。
「なぜ私が大石さんを探しに走ったと思っているんですか…。」
「…?」
「なぜ、涙を流したと思っているんですか…!」


ああ…馬鹿だね俺も。
そしてお前も。

「…分かった、よ。」
楽に死ぬのは取り止めだ。
人の命は儚くて、祈りさえ小さなものかもしれないけれど。
祈りが、願いが救いとなるならば。
この命はお前に預けるとしよう。
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