幕恋 土鈴
京にいたころには想像も出来なかった、遥か北の大地。
実際にこの目で見て、上陸して。
そのときにやっと昔聞いたある人の言葉を思い出した。
「なるほどなあ…。」
蝦夷地は異国のように未知の場所だった。
でも冬は雪で覆われてとても寒いけれど、港町にはたくさんの人が暮らしていて活気がある。
「外を眺めて何を一人で納得しているんだ、桜庭。」
「土方さん。」
視線を外から隣に移すと、興味深く外を見ていた土方さんもこちらを見た。
「昔、梅さんに聞いたことを思い出していたんです。」
「何だ、才谷さんが蝦夷の話でもしたのか?」
「そうです。」
あれはいつのことだっただろう。
いつものように屯所に遊びに来た梅さんが、とても楽しそうに私に顔を寄せて小声で話し出したのだ。
自分は蝦夷に渡ってその地を開拓したいのだと。
武士たちの居場所を作りたいのだ、と。
「秘密の話だ、と言っていましたけど。」
あのころの私は、その話をあまり本気には聞いていなかったのだと思う。
私たちの居場所はまだ確かにそこにあったし、そんな大きな夢物語が実現するなんて思いもせずに今まで忘れてしまっていた。
「秘密の話か…。俺と近藤さんもその話を聞いたことがあるけどな。」
土方さんは笑みを浮かべて言った。
「それじゃあ全然、秘密じゃないじゃないですか!」
「ああ、だが誰彼構わず言ったわけじゃないだろう。」
うーん、確かにそうかも。
少なからず信頼されて、話してくれたのだと思っていいのかな。
「俺は、才谷さんから話を聞いていたからこそ、榎本さんの蝦夷行きの話にも賛成出来たんだ。」
「榎本さんと梅さんだったら気が合ったかもしれませんね。」
「そればかりは分からねえが…。才谷さんは本当に未来を見据えて考えた人だったのは確かだな。」
今にして思えば全くその通りだ。
「…梅さんの夢、叶えましょうね。」
梅さんだけではない、私たち武士の望みを。
「ああ、薩長の思い通りになどさせるものか。」
この蝦夷こそが私たちの居場所。
そのために、これからも戦い続けていくのだ。