幕恋 その他
誰よりも二人の傍にいた俺だからこそ、気づいたのかもしれない。
本人たちさえ気づいていないような、小さな変化に。
「暇だなあ、左之。」
「全くだぜ新八。」
俺と左之は屯所の庭で暇を持て余していた。
「飯でも食いに行くか?」
「お、左之の奢りか!」
「何でそうなんだよ!」
そんなくだらない事を言い合っていたら、不意に左之は俺を越えて屯所の廊下に目をやった。
「あ、おーい桜庭!」
大きく手を振りながら左之は笑う。
振り向くと桜庭が駆け寄ってくるところだった。
「こんにちは原田さん、永倉さん。何しているんですか?」
「今から飯でも行くかって話してたんだ。お前も来るか?奢ってやるよ。」
「わあ、良いんですか?」
あーあ、二人とも嬉しそうな顔して。
…自分の好きな女が別の男、それも一番の親友の前で殊更幸せそうに笑う事に俺は気づいていた。
それは親友も同じで。
俺が付け入る隙などこれっぽっちもない。
まあ、本人たちがお互い惹かれ合ってることに気づいてないのが救いというか何というか。
この気持ちに気づいてるのはきっと、俺だけ。
だけど幸せそうな二人を見ていると無性にいたたまれない気持ちになるんだ。
「じゃ、飯行こうぜ。新八。」
「あ…あー、俺近藤さんに用があったんだ。悪いな、二人で行ってきてくれ。」
気づくな。
気づくな。
「そうか、それじゃ仕方ねえよな。」
「永倉さん、次は一緒に行きましょうね。」
惹かれ合う心にどうか気づかないでくれ。
二人が見えなくなるまで笑顔で見送ってから、力なく地面に座り込む。
気づかないでほしいと願いながら、二人きりで送り出すなんて矛盾しすぎだろうと分かってる。
けれど二人とも大事すぎて、俺はどうしたら良いのか分からない。
どんな顔で、どう接したら良いのか。
だからどうか、気づかないでくれ。
本人たちでも知らない、二人が思い合っているという事実はまだ、俺だけの秘密。