幕恋 土鈴


土方さんの、前だけ見ている姿が好きだった。
一番近くでその背中を見つめていられるのが誇らしかった。

「だから土方さん、今日もし私が先に倒れてもどうか振り返らずに戦い続けて下さいね。」
もう数刻もせずに始まる総攻撃を前に、私は隣に立つ土方さんに言った。
生き残る、つもりはないから。
せめて土方さんより先に大好きなその姿を焼きつけて逝けたなら。
…土方さんは僅かに笑うだけだったけれど。


そのときは、訪れた。
やけに大きく銃声が響いたと思ったら体に衝撃が走った。
馬から投げ出されながらまるで時間が止まってしまったようにゆっくりと目に映る景色が流れていく。
…土方さん。
前を走る土方さんの馬は止まることはなく。
土方さんも振り返らない。

これで良い。
これで良いんだ。
土方さんの背中をこの目に焼きつけて、逝けるのだから。
「…土方、さん…。」
地面に投げ出されてから土方さんの姿を思い出して、届くはずのない虚空に手を伸ばす。

不意に、その手がきつく握り返された。
「桜庭、大丈夫か?!」
「土方さ…どう、して?」
必死な表情で私を覗きこんでいたのは、振り返らないでと願っていたはずの人。
土方さん。
土方さん。
握りしめてくれる手が暖かい。

前だけ見ていて欲しかった。
その背中が好きだった。
でも、本当は。
こうして向かい合って私だけ見てくれる瞳が好きで。
好きで。
背中なんかじゃなく土方さんの顔をこの目に焼きつけたかった。

「俺は好きな女を見捨ててまで前を見れる男じゃねえよ。」
土方さん。
私はこのまま一人で死にたくない。
あなたのそんな顔を見てしまっては。
そんなに嬉しいことを言われてしまっては。
「それにな、桜庭。俺はお前が隣にいたからこそ前を見ていられたんだ。」
「…っ…。」
声が出ない。
一体今までどうやって呼吸をしていたのか分からないくらい上手く呼吸が出来ない。
けれど声の代わりに涙が溢れた。
土方さんは僅かに微笑んで涙をぬぐってくれる。

「まだ死ぬんじゃねえぞ」
それからそう言って、私をひょいと抱き抱えたまま再び馬に跨る。
「…最期までつき合ってもらうからな。戦って戦って…そして共に、逝こう。」
「はい…!」

はい、土方さん。
どうか共に果てましょう。
土方さんの腕の中、意識が途切れるその瞬間まで私はその思いを胸に前だけ見ている土方さんを見つめていた。
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