幕恋 土鈴

「大丈夫か。」
と、土方さんは私の僅かな変化にも気付いてくれる。
特にそれは蝦夷にやってきて増えたように思う。
これ以上転戦は叶わず、最後になるだろう戦を前にどうしても不安がよぎってしまうから。
だから大丈夫です、とは言い切れないけれど。
せめてあなたの優しさに答えたくて笑ってはい、と頷くのだ。



開陽丸が沈み、勝っていた海軍力に差がついてしまった幕府軍は、新政府軍の船を奪おうと宮古湾へ攻めいった。
けれど本営で待っていた私達の元へ戻ってきたのは、倒れ傷ついた仲間だけだった。

「土方さんは、無事なんですか…?!」
ここでも圧倒的な兵器力の差で仲間は総崩れになってしまったと聞き、私は土方さんを探すために走り出した。


土方さんより先に、傷を負い仲間の肩を借りて歩いている相馬さんを見つけた。
「相馬さん?!ひどい怪我…大丈夫ですか?!」
「ああ俺は…。それより野村が。」

そう言った限り口をつぐんでしまった相馬さんを、私は無言で見送るしかなかった。

相馬さんが何を言いたかったのか理解出来たけれど、諦めきれず周りを見渡す。
それでもやっぱり姿は見えなくて、それどころか他にも見覚えのある顔が何人も見当たらないことに気付いて胸が痛んだ。
…ああ私達は。
あと何度こんな思いをすれば良いのだろう。
どれ程の仲間を見送れば、良いのだろう。

その時、視界に土方さんが映った。
無事で良かった、と駆け寄りたかったけれど一瞬思い留まる。
何かに耐えるように、ぐっと手を握り立ち尽くしている。

…そう、だ。
私が弱気になっては駄目だ。
目の前で散る仲間を見ている土方さんがああして耐えているんだから。
嘆いてばかりはいられない。
私は、あの人と共にどこまでも行くと決めたのだから。

「土方さん、お帰りなさい。」
「桜庭…。」
隣へ行くと悲しみに揺れる瞳が私を映す。
「…大丈夫ですか?」

それは今、言う言葉では無いのかもしれないけれど。
土方さんも僅かに目を見張り、そして苦笑いを浮かべる。
「…考えていたよりきつい言葉だな。」
「そうかもしれません。」
でも、と私は土方さんを見上げた。

「…でも、私は救われます。」
土方さんが言ってくれる度、立ち止まらずに進んでいこうと思うことが出来るから。
「…そうか。」
「…はい。」

だから大丈夫。
大丈夫です。
悲しむことは弱さじゃない。

だから今は、泣きましょう。
この涙が止まったら、きっとまた前を向くから。
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