花柳 その他


からっぽの頭に浮かんだのは(野倫)

『ねえ倫ちゃん、もし俺が先に死ぬことになったら、笑ってくれる?…やっぱり最期はさ、好きな子の笑顔が見たいから。』

――そうだ、笑わなくちゃ。
笑わなくちゃ。
…あれ、笑顔ってどうやるんだっけ。
甲鉄に乗った野村さんの姿がだんだん遠ざかっていく。
ああ何てひどい約束を。
こんなときに笑えるはずがないのに。




潔く叫ぶ。(野村)

ちょっとだけ予想外だな。
ここに副長はいない。
相馬もいない。
「新選組野村利三郎、参る!」
しかも船の上が、俺の死地になるなんて。



潔く叫ぶ。(大野)

「大石さん、俺の伴侶になって一緒に生きて下さい!」
「…それはこんな場所で言うことか。」
俺の一世一代の告白の返事は大石さんのため息だった。
でもそんなの予想済み。
あえて屯所の真ん中で告白したのだってわざとだし。
「逃げられないでしょ?」
「少しは常識を考えろ。」
「大石さんさんの口から常識なんて言葉を聞くとは思わなかったっす。」
「お前…。」
最終的に怒らせてしまって返事はうやむやのままだけど、俺の気持ちが届いただけで今日は良いか。



ひま……物凄くひま…(大野?)

花柳館に足を運ぶと、いつも賑やかな声が聞こえる。
「相馬、相馬!ちょっと聞いてくれよ!」
今日も騒がしいとさえ思える明るい声が、親友と公言してはばからない相手の名を呼ぶ。
「野村…聞くから少し落ち着け。」
「これが落ち着いていられるか!」
四六時中あの調子の野村を、相馬さんはいつも呆れたように相手しているが…決して突き放しはしない。
あんなのがずっと続いたらうんざりしそうなものだと思うけど。
ああでも、あんな人間がずっと傍にいたら、こんな退屈を感じる暇もないんだろうなあ。




潔く叫ぶ。の続き?

野村の発言は、屯所の真ん中だったこともあり早々と隊内に広まってしまった。
それ以来俺は誰かと会うたびこそこそと噂をされる。
全く不愉快極まりない。
何であの男は馬鹿なくせに変なところでちゃっかりしているんだ。
顔を思い出していらっとしたところに、正面から本人がやって来た。
「大石さん、おはようございまっす!」
返事の代わりに殺気をこめて睨んでやったけど、あっけらかんと笑うだけで。
「この間の返事考えてくれました?」
「…とりあえずお前を斬ってやりたいよ。」
「え、それって俺のことを考えてるってことっすか?!脈あり?!」
…どれだけ都合のいい捉え方なんだこいつ。
けれど野村はにこにこ笑って言った。
「本当に嫌いなら無視するなり、考えることもしないはずでしょ?でも大石さんは俺のこと斬りたくなるほど考えてるんだから嬉しくもなるっすよ!」
都合よすぎる考え方、と一蹴してやることは簡単だ。
無視することも嫌いな人間のことを考えないことも、いつも俺がやってきたこと。
なのに野村に対してそれが出来ないということは、少なからずこの男の言う通りなのかもしれない。
…まあ、絶対に口に出してはやらないけど。
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