花柳 相+野


波しぶきをあげながら船は颯爽とまだ見ぬ地を目指して進む。
本当なら蝦夷を思い希望を膨らませたいとこだけど、情けなくも船酔い中の俺は一人甲板で風に当たっていた。

「野村。」
しばらくすると相馬が横に立っていた。
その顔は珍しく、思い詰めているように見えて。
「どうした相馬、船酔いか?」
「違う。」
「眉間にしわ寄ってるぞ?」

わざと冗談ぽく言ってやれば、相馬は難しい顔のまま眉間に手を当てた。
こいつこういうとこ可愛いよなあ、なんてのんきに眺めていたが、相馬の表情は和らがなくて。
真面目な話があるのかと悟り船に寄りかかっていた体を正した。

「…。」
波の音しか聞こえない。
こんな風に俺に対して言葉を躊躇うなんて今までになかったから、普段と様子の違う相馬が何を言い出すのか不安だった。
思い詰めたような表情をそっと眺める。
やがて相馬が口を開く頃には緊張しすぎて気持ち悪いくらいだった。

「野村。お前は…後悔してないか。」
「……は?」
びっくりしすぎて間の抜けた声が出てしまった。
だってこんなに重々しい空気だったから、てっきり俺に愛想がつきた、とかもう付き合いきれない、だとか立ち直れないようなことを言われるのかと思ってたから。
ほっと息をつく俺の横で相馬は重々しく続ける。
「だから…俺と出会って、今こうして最果ての蝦夷に向かっていることに迷いや後悔はないのか。」

「何言い出すかと思ったら、そんなこと。」
「そんなこととは…!」
まだまだ何か言いたそうな相馬の口に、手を当てる。
…馬鹿だなあ、そんなに悩んじゃって。
ずっと一緒にいて伝わらなかったんだろうか、俺の気持ちは。

「…相馬!俺はお前と親友になれたこと、人生で一番幸せだと思ってるぜ!」
花柳館の道場で出会って救ってもらったことも、命をかけて仕えたい人と出会えたのも。
今こうしてここにいるのも全部全部相馬のおかげで。
でも、俺の意志だ。
お前が気に病む必要なんかどこにもないのさ。

「…もう後戻りはきかないぞ。」
「戻る気なんかないし、それに相馬がいてくれるならどこまでだって行くぜ。」
「それは言い過ぎだ。」
…本心なんだけどなあ。
言おうと思ったけど相馬がいつもの顔に戻っていたから言わないことにした。


だけどな、相馬。
俺は本気でお前となら最果てだって越えていけるって思ってるんだ。

最果ての地へ
6/6ページ
スキ