花柳 その他


俺は彼女にいろんなものを与えてもらった。
忘れていた感情とか知らなかった気持ち、とか。



「弥兵衛さん、今日はどうします?お散歩にしましょうか。また屋根でひなたぼっこも良いかもしれませんね。」
志月さんは自分の意見を言えない俺にいつもこうして選択を与えてくれる。
「それとも一緒に稽古しましょうか?」

…意志を持たない俺を尊重して微笑みかけてくれる。
それはとても穏やかで優しくて。
とても暖かい。
「良いですね。」
「ふふ、それではよろしくお願いしますね。」
誰かに与えられるものを一切持ち合わせていない俺は、あなたに何をしてあげられるのだろう。


「何か悩み事ですか?」
「え?」
「稽古中、動きがいつもと違う気がしたので…。」
稽古を終えて淹れてもらったお茶を飲んでいると、志月さんは心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。
考えていても仕方ない事なので、単刀直入に聞いてみる。

「…俺があなたにあげられるものは何でしょう。」
志月さんはきょとんと瞳を数回しばたたせてからふと笑った。
「もう、たくさんもらってます。弥兵衛さんがこうして私の傍にいて、笑っていてくれるから。」
「そう、ですか?」

何一つ渡せるものなどないと思っていたけれど。
あなたがそう言って笑ってくれるならば。
俺でもあなたに与えられるものがあるのだと、信じて笑おう。

なにひとつとして
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