S◇ その他


「成重さん。」
「閧志さん…。どうかしたんですか?」
いずれ来るだろうと思っていた相手は案外遅く、戸惑いの表情を浮かべてやって来た。
「俺はあんたの妹に好意を持たれているらしい。…それについてどう思う?」
しばらくたって、彼は単刀直入にそれだけを言う。
私は、うまく笑顔を作れているだろうか?
「…三重はいい子ですよ。私と違って可愛いげもありますし。」
何より彼女は『女性』だから。
「いいんじゃないですか?お似合いですよ。」
「…っ、俺はあんたの気持ちを聞いてるんだ!」
こんなふうに彼が声を荒げたのを初めて聞いたかもしれない。
それだけ、怒らせている。
困らせている、私が。

「…私たちの関係は旅と共に終わったんです。」
ひどい人間だな私は。
最後に感情をあらわにしてくれることが嬉しい、と思うなんて。
私の口からは閧志さんを傷つける言葉しか言えないのに。
自然と口元に笑みが戻る。
「男所帯でしたからね。間違いが起こっても仕方なかったですよ。」
そんなわけ、ないのに。
この思いが間違いでないことくらい私が一番分かっているのに。
でも平和になった今、閧志さんを束縛するわけにはいかない。
あのころと同じように、なんていくわけがないのだ。
だから、終わらせなければ。
私が終わらせなければ。
「…それがあんたの答えなのか。」
私は、ただ笑う。
もうそれしか出来なかった。

――私はきっとおかしいのだろう。
こんなに好きな相手に嘘をついて笑っているなんて。
そう、再生されていく世界でこの関係は異常なのだ。
だから、これでいい。
いいはず、なのだから。
どうか涙よ零れないで。




















私の元を去り小さくなっていく姿を見ていられなくて、俯いた。
途端に我慢していたはずの涙が溢れる。
「…っ…。」
好きだった。
ただ好きだった。
今でも、大好きなのに。
「そんな顔をするくらいなら俺を遠ざけないでくれ。」
「え…。」
顔をあげるとすぐ目の前に閧志さんがいた。
彼は困ったように笑う。
「俺だって一応、常識とか世間体とか立場ってものを理解しているつもりだ。俺たちの関係が普通じゃないのも分かっている。」
そっと、涙が拭われる。
今までと同じ優しい仕草にまたすぐ涙が溢れてしまう。
もうこんなふうに触れられることはないと思った。
この優しさを全て手放そうとしていた自分はどれほど愚かか。
「それでも俺が、あんたを選んだんだ。この気持ちは間違いなんかじゃない。」
優しくてまっすぐで、だからこそ。

「…せっかくまっとうに生きる機会を、あげたのに。」
「それを言うなら数字の子の時点でまっとうとは言えないかな。今はそれでよかったと思うが。」
「私も…。」
重華の男でよかった、と素直に思えた。
そうしてあなたが全て受け入れてくれるなら、私も全て捨ててもあなたを選ぶ。
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