S◇ 主灯
「灯二、ほらここ段差あるから。」
そう言って前を歩いていた俺は振り返って灯二に手を差しだした。
「一灯…もう目見えるけど。」
見えなかったときはこうしてずっと俺が手をひいていた。
でも今はもう目が見えるから、そうされるのが恥ずかしいらしい。
「そうだったな。」
と、俺はいつもとぼけたふりをする。
灯二の目が見えること、もちろん忘れていない。
多分本人よりも視力が戻ったことを喜んでいるくらいだから。
でも、ただ近くにいて構ってやりたいんだ。
手を貸して、甘やかして。
そして出来れば頼って、ほしくて。
「…。」
ちょっと恥ずかしそうにしながらも、灯二は俺の手を取ってくれるから。
俺は、俺の勝手なわがままを止めることが出来なくなる。
「さ、行くぞ。」
離したくなくて、手をぎゅっと握る。
「…うん。」
返事と一緒に手を握り返してくれるから、俺はますます離れられなくなるんだ。
『知ってるか主匪ー!お前みたいなやつをブラコンって言うんだぞ!』
灯二と一緒にいたら、虹がやって来た。
…またこの蛇は。
突然来て訳の分からないことを。
「ブラコンって?」
灯二が首を傾げる。
『弟が好きってことだ!』
「それってチグサのラカンおたくと違うんだ?」
興味があるのか灯二はさらに尋ねた。
ああでも確かに、その違いは気になるかも。
『ブラコンは兄弟が相手限定で言う言葉だ!だけど気をつけろよ、おたくと違ってブラコンは次の段階で変態になるからな!』
虹は言うだけ言って、去ってしまったが。
「ちょっと待て!どこからが次の段階だ!」
自分は千銀みたいに変態じゃないと信じているけど。
そんな風に言われちゃ気になるだろ!
俺は慌てて虹を追いかけるのだった。
「主匪、お前ずいぶん変わったよな。」
「…そうか?」
「ああ。昔よりへらへら笑ってるし。」
「へらへらって…宮。」
「灯二の世話もこれでもかってくらいやるしな。」
「だってあいつ可愛いんだもん。」
「…。」
「血の繋がりなんて信じてなかったが、灯二に会ってそれを感謝した。」
「世の中可愛い弟ばかりじゃねえよ?」
「でも灯二は可愛いから。」
「…良かったな。」
一灯はよくおれを抱きしめたり、頭をなでたりする。
どうしてか聞いてみたら、甘やかしたいんだと言われた。
一灯が触れてくれるのは嬉しいし、安心する。
それが甘やかすということならおれだって一灯を甘やかしたいと思った。
「灯二?」
早速行動に移したおれだったけど、抱きしめるというよりただ正面から抱きつくだけの形になってしまった。
「どうした?」
一灯は優しく聞いてくる。
「…えっと、おれも一灯を甘やかそうと思って。」
でも何だかこれじゃあ違う気がして、恥ずかしくなってきた。
離れようとしたらぎゅっと引き寄せられる。
「ありがとな。」
おれを抱きしめる腕に力がこもった。
「でも俺はいつも灯二に甘えてるんだけどな。」
「え?」
「お前を甘やかすことで俺はいつもお前に甘えてるんだ。」
一灯の言ってることは、おれにはよく理解出来なかったけれど。
与えられてるばかりじゃないんだってことが何となく分かって、嬉しくなった。