S◇ 主灯


※現代パラレル

学校帰り、いつもの道を歩いていると、桜の花びらが目の前を舞っていった。
立ち止まりふと目をやればそこには満開の桜の木々。
そしてその中心にはじっと桜を見上げる灯二がいた。
…って俺、こんな距離からでも灯二の姿判別出来るってどうなんだ。
なんて思いながらしばらく灯二を見ていたのだが、灯二はずっと黙って桜を見上げたまま。

ついこの間一緒に暮らし始めた弟のことを、俺はまだ良く知らない。
いつも他人行儀で遠慮している部分があるから。
まあ、そりゃあずっと離れて暮らしていたんだから仕方ないのかもしれないが。
いきなり俺が兄だ、と言われたって困るだろう。
けど、俺はずっと一人で暮らしていたからいきなりでも弟が出来て嬉しかったんだ。
もっと灯二のことを知りたいし仲良くしたいとも思う。

「灯二。」
「あ…一灯。」
近づいて声をかけると、やっと灯二は桜から視線をはずす。
「何してるんだ?」
「えっ、と。別に。」
「俺には教えられないか?」
ちょっと意地悪い言い方をしてみれば、灯二は慌てて首を振る。
「そんなんじゃないけど」
ただ、と言葉を区切り灯二はまた桜を見上げる。

「おれの住んでたとこに桜はなかったから、きれいだなあって。…でもこんな風に次々散っていくのは切ないなあ、って。」
…ああ、何だよ。
そんな顔して言うな。
考えてみれば当然だ。
突然一人、見知らぬ土地にやって来て。
灯二は平気そうなそぶりでいたけど、そんなわけないんだ。
ずっと不安で、寂しいのに強がって。

「わっ…か、一灯?」
気づいたらたまらなくなって、後ろから灯二をぎゅっと抱きしめた。
「…なんか俺も切なくなった。」
「こうしてれば治る?」
「灯二は治らないか?」
俺の腕の中に大人しくおさまっていた灯二は僅かに首を傾げてからぽつり、呟いた。
「…治る、かも。」

もう寂しい思いなんてさせない。
切なさなんて感じないくらい、俺がお前を愛してやるから。
そう心に決めながら可愛い弟を抱きしめる腕に力を込めた。















兄弟、だという一灯と一緒に住むようになってもうだいぶたつ。
最初は分からないことだらけだったここでの暮らしにも慣れてきた。


リビングのいすに座りながら、おれはそわそわと時計と玄関へ続く扉を交互に見つめていた。
もうすぐ、一灯が帰ってくる時間。
「ただいまー、灯二。」
がちゃ、とやっと扉が開いて待ちわびていた人物が入ってきた。
「おかえ、り。」
いすから立ち上がっておれは言った。
まだこういう挨拶は慣れないけれど、でもこの言葉を交わすのは好きだ。

一灯は笑顔を浮かべながら、こっちにやって来た。
「な、なに?」
「いや。ただ、こうやって返事が返ってくるのって良いなって思ってさ。」
嬉しそうに笑っておれの頭をくしゃりと撫でる。
「家族って良いもんだよな。」
「…うん。」

ほんとうにその通りだ。
一灯に会って初めておれは家族ってものを知ったんだ。
ただいま、とかおはようって当たり前の挨拶をかわすだけであたたかい気持ちになったり。
笑顔を向けられるだけでこんなに、嬉しくなったり。
頭を撫でられるのは恥ずかしいけど、好意を向けられてるようでくすぐったい気分になる。
「そうだ、プリン買ってきたけど食べるだろ?」
これだってそうだ。
一灯は毎日のようにお土産にプリンを買ってきてくれる。
あんまり毎日だとちょっと飽きてくるんだけど、それは一灯の優しさだって知っているから。
前におれが、買ってきてくれたプリンをおいしいって言ったから。
おれが好きな食べ物、だからこうやって。

わざわざスプーンと一緒に持ってきてくれたプリンを口に入れる。
おいしい、と言えば一灯は目を細めて笑った。
その優しい顔を見るのが何だか恥ずかしくて、おれは俯きながらひたすらプリンを口に運んだ。
「良かった。また買ってきてやるからなー。」
「うん。」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
一灯が笑ってくれるとおれも嬉しくなる。
こんなことで、毎日幸せだなって思える。


それは。
全部全部、一灯が与えてくれた。
家族というぬくもり。
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