幕恋 大鈴

「大石さん、良ければ手伝ってくれませんか?」

今日が非番でこの廊下を通る事を予想していた私は、予想通りやって来た大石さんにここぞとばかりに声を掛けた。
「…何?」
こちらも予想通り大石さんは面倒そうな、つまらなさそうな表情を隠しもしないで私を一瞥した。
「今から豆まきをするんです。」
「へえ、そう。」
「だから大石さんも一緒にやりましょう。」

何で俺が、とでも言いたそうな顔に私は先に釘を差す。
「近藤さんから頼まれたんです。誰か隊士に手伝ってもらっても良いからって。」
つまりこれは局長命令です。
にっこり笑って豆の入った升を差し出せば流石に断れないと悟ったのか黙って受け取ってくれた。

「じゃあ始めましょうか」
ぱらぱらと升の中の豆を触っていたと思ったら、不意にくっと大石さんは笑った。
「おかしな話だよねえ。」
「え、何がですか?」
…大石さんの思考は残念ながらいまだに良く理解出来ない。
「鬼を追い払ったら、ここに残るのはただの無法者だよねえ。」
楽しそうに、何を言うのかと思ったら。
けれど大石さんはそんな風に思ってたんだ。狼だとか、人斬り集団だとか、それこそ鬼の集まりだとか言われることは確かにあるけど。
「新選組は誠の志を持っています。無法者集団なんかじゃありませんよ。」
「…じゃあ、俺もそれに入ると?」
「当たり前です!」

きっぱりと言い切ると、どこか挑むように私を見ていた大石さんは一瞬面をくらったようだった。
でも私は、見なかったふりをするために僅かに視線を逸らす。
「それに豆まきって、本来魔を滅すると言う意味なんですよ。厄払いのために…。」

そこまで言って大石さんを見やると、大石さんは無造作に豆を掴み庭にまき始めていた。
「ああ!大石さん!」
「うるさいけど。」
「だって大石さんが勝手に豆をまくから!」
「…は?」
「順番がちゃんとあるじゃないですか!そんな適当だと厄払いどころか悪いこと起こりそうです!」
「ああ…その方が鬼も去らなくて良いんじゃないの。」
「大石さん!」





「いやあ、平和だねえ。」
「…平和なもんか。やかましくて仕事が手につかねえ。近藤さん、原因はあんただろう。さっさと止めてきてくれ。」
「ええー。」
向かい側の廊下から楽しそうに二人の様子を窺っていた近藤は、眉間にしわを寄せた土方に凄まれ仕方なしに言い争い中の鈴花と大石に近づいていく。
「おーい二人共、俺も仲間に入れてよ。」
聞こえてきた声に、土方の眉間がますます深まった。



二月三日。
その日の豆まきはずいぶん賑やかに行われたという。
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