S◇ 宮白
いつの間にか皇子の警備隊とか言う彼らと一緒に行動するようになった。
それはいい、けれど。
「よう僕ちゃん。」
その中にただ一人、苦手な人間がいる。
「今から肉捌くけど見に来るか?」
「え、遠慮する!」
宮処ではやったことなかった色々なことも、ここに来てたいていは出来るようになった。
でも肉を捌くところだけは何度見ても気持ち悪くなる。
それを知っているくせにこいつは、にやと口端を上げながら聞いてくるんだ。
僕の返事にくつくつと、楽しそうに笑う。
人をからかって楽しむなんて、嫌な奴!
じろりとその整った顔を睨みつける。
夜明さまと同じ顔をしているくせに。
夜明さまは、もっと僕に優しく笑いかけてくれたんだぞ。
なのに目の前の男はいつも、僕をからかって意地悪そうに笑うんだ。
「何だ僕ちゃん。睨んだって可愛いだけだぜ。」
視線に気づいたのか目を細めて僕を見た。
か、可愛いって何だ可愛いって!
なぜか顔が熱くなって、ふいっと背けた。
「ほんとに、夜明さまと全然違う…。」
夜明さまはこんな軽口を言う方じゃなかった。
…こんな、身近に感じられる方ではなかった。
「…夜明、って奴は知らねえがきっと俺と似てると思うぜ?」
「嘘言うなよお前!」
似てるのは顔だけだ!
でもそいつは、夜明さまを知らないと言いながら自信あり気に笑った。
根拠のない自信がどこからくるのか気になって、言えるものなら言ってみろと僕は奴を睨みつける。
「俺もそいつも、嫌いな奴には構わないのさ。」
「え…?」
「僕ちゃん、いつも夜明は作ったような笑顔貼り付けてなかったか?雑談なんかして笑ったことあるか?…ないだろ。」
…思い返してみれば、全くその通りで。
なんでそういうこと言うんだ。
あの綺麗な笑顔が嫌いな人間に向けられているなんて、そんなひどいこと。
「夜明にとって僕ちゃんはその程度の人間だったんだよ。適当に笑顔浮かべて必要なことだけ話してよお。」
夜明さまを知らないと言いながら、的を射た的確な言葉。
それが夜明さまと同じ顔で言われては、かなり傷つく。
「…なんでそんな意地悪いこと言うんだ。」
…僕は夜明さまと話が出来るのが嬉しかったけれど夜明さまはそうでなかった、ってことだろ。
ろくな反論も出来ず俯くと、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭をなでられた。
「なっ、何する…!」
「だから言ってるだろ?嫌いな奴には構わないって。」
そう言いながらまだ髪を、ぐしゃぐしゃ乱し続ける。
「え、…それって。」
考えもよらない言葉に抵抗も忘れて、ぽかんと顔を見上げる。
「…まだ分かんねえの?白琵。」
楽しそうに微笑むその姿は、夜明さまの笑顔よりもよっぽど綺麗に見えてしまった。
…悔しいけれど。
僕に出来たのは、赤くなっていく顔を見られないように俯くことだけだった。
意味が分からない。
「よーう、僕ちゃん。」
「な、何だよ…。」
相変わらず意地悪そうな笑顔を浮かべて近づいてくるくせに。
「…別に何でも?」
そう言ってすぐに去ってしまう。
…嫌いな奴には構わないって言って、僕の髪を乱暴に撫でたくせに。
一体あれは何のつもりだったんだ。
もう、触れられるどころかろくな会話も交わしてない。
今までだって会話らしい会話が交わされてたとは言い難いけれど。
でも違う。
違うんだ。
「宮、何だか機嫌良いなあ。」
「え?!」
隣にいたアキイチが、ぽつりと言った。
機嫌良いって?
…あれが機嫌良いのか?
僕には普段との違いが全く分からなかった。
だから、気になって視線で奴を追う。
「どうした僕ちゃん。そんな熱い眼差しを向けられると照れるじゃねえか」
しばらく見ていたら気づかれて、からかい口調で言われてしまった。
熱い眼差しって…相変わらずおかしなこと言う男だ。
「これは睨んでたんだ!」
「だからそれ、可愛いだけなんだって。」
くっと楽しそうに表情が変わり、僕の心臓はなぜかどくんと高鳴った。
「…何なんだよ。僕に構わなかったり、構ったり。」
嫌われたくはないんだって、気づいてしまった。
夜明さまに対してだって、こんなに必死に思った事はなかったのに。
同じ顔で、でも全然違って。
いつも意地悪言うこの男が、こんなにも。
「ああ、気にしてた?僕ちゃんが悩んでるの見てて面白いから、わざと放ってたんだけどな。」
「…やっぱり夜明さまと違って意地悪いなおまえ」
「比べんなよ。…でも違って当然だろ。」
にやり、目の前の男は至極満足そうに微笑んだ。
「俺のは愛情表現なんだからな。」
――ああ、どうしよう。
うるさく鳴る心臓の意味を、理解してしまった。