S◇ 主灯
兄は弟を守る義務がある、と以前暇つぶしで読んだ本に書いてあった。
「へえー。」
灯二に教えてやったら感嘆の声を上げた。
たったそんな一言事で、驚いたり喜んだり素直に表情に現す様子が可愛らしくて知らず笑みが浮かぶ。
俺の知っている事を何だって教えてやりたくなるような、くすぐったいそんな感じ。
…だけどそもそもそんな事さえ忘れていたんだ。
弟、どころか長年一緒に暮らしてきた奴らだって守ろうだなんて…守ってやりたいだなんて思いもしなかったから。
でも今になって、その本の言葉は良く分かる。
例え義務などないとしても守ってやりたいくらいに愛おしい存在。
同じ血が流れる大切な相手。
この命をかけて守りたいと思える程の。
「えっと…じゃあ、おれは?」
「ん?」
一瞬考えるそぶりを見せてから灯二は僅かに首を傾げた。
「だから、弟の義務って何かなって思って。」
兄に義務があるのなら弟にだって何か義務があるのだろう。
そんな真っ直ぐな思考にやっぱり笑みが浮かんでしまう。
でも、そうだな…。
確かその本には弟の義務ってやつは書いていなかったはずだ。
純粋な質問に、俺は何て答えたら良いだろう。
目の前には、俺を見上げる灯二。
弟の、お前の、義務は。
「…弟は兄に甘えるのが義務、だな!」
本当はそんなものないのかもしれない。
ただ俺がそうしてほしいだけだ。
けれど灯二は、そうなんだと呟きまるまる信じたようだった。
「でもおれ、甘え方なんて知らないしなあ。」
独り言のように続けられた言葉に胸が痛んだ。
こんなに純粋で可愛い灯二が、数字の子だと言うだけで愛されることがなかったなんておかしな話だ。
甘えることさえ出来ず、その方法さえ知らないなんて可哀想すぎる。
「灯二、俺には何だって話せよ?」
「え?」
「もっと頼って、傍にいて、俺がお前の兄なんだって自覚させてくれ。」
ぐいっと体を抱き寄せれば、灯二は抵抗もせず不思議そうに俺を見上げて笑った。
甘え方を言葉で表すのは難しいけれど。
これからは俺がうんとお前を甘やかしてやる。
愛してやるから、な。