S◇ その他
オレには、成重だけだった。
きっと成重にもオレだけだった。
オレたちは二人で生きていた。
だからその思いは必然だっただけなのかもしれない。
…それでもオレには成重が唯一で、一番の存在だったのだ。
「灯野、髪の毛とかしてあげますよ。ほら座って。」
野宿は何か、嫌いだ。
成重は灯野の事をよく構うから。
今朝だって寝ぐせのついた頭を目敏く見つけて、灯野が自分でやるより先に声を掛けたりして。
「いいって、自分で出来るし!」
「遠慮せずに。」
結局笑顔のまま半ば強引に灯野を自分の前に座らせることに成功した成重は、優しく髪の毛をとかしていく。
その光景が嫌、なんだ。
成重が笑うから。
オレにだけ向けてくれていたはずの笑顔を他の奴に向けるから。
成重は灯野を好きらしいと気付くのにそう時間はかからなかった。
成重が笑うのは嬉しい事のはずなのに。
オレの成重はもうオレの、じゃなくなってしまった。
そう思うと悲しくて。
『成重オレの事も構ってくれよー!』
わざとおどけた態度でするりと灯野の頭へ乗り、整ったばかりの髪をぐしゃぐしゃと乱す。
ほんの少し二人の空間を邪魔してみたりして。
「うわ、この!」
驚いた声を上げても灯野の動きは的確で簡単にオレは捕まってしまった。
正面に連れてこられてその表情を窺ってみれば、怒っている風ではなくて。
いっそ嫌な奴なら良かったのに、成重が惹かれているこの人間はどこまでも純粋で。
「重華、ちゃんと構ってやれよ。」
オレの言葉を丸々信じて、手を離した。
するっと成重の肩へ乗り成重の表情を見る。
「ごめんね、虹。」
いつも優しい成重もオレの言葉を鵜呑みにしたのか、申し訳なさそうに撫でてくれた。
困らせたかった、訳じゃないのに。
オレはちうっと頬へキスをする。
すると成重は安心したように笑った。
オレの大好きな成重の笑顔。
例えオレだけにじゃなくても、成重は笑ってくれる。
オレが一番じゃなくなってもオレのことをこんなに考えてくれてるんだ。
「お前ら本当に仲いいよなあ。」
呆れた顔でこちらを見つつ手ぐしで髪を整える灯野に、再びオレは移動して。
『灯野とも仲良しだぞー!』
「ぎゃああ!」
ぎゅっと首に巻き付きながら、頬へキス。
叫んではいるものの本気で嫌がっているわけではなさそうなので、そのままでいると。
「朝から元気だね、何してるの三人で。」
声を聞きつけて、朝食の準備をしていた羅貫がやってくる。
オレと灯野を見て意外そうに笑った。
「珍しい、組み合わせだな。」
当然のように羅貫の後ろにいた千銀が何を思ったか混ざってみよう、なんて呟いてオレたちを抱きしめた。
『ぎゃあ!』
「止めろよ千銀!離れろー!」
オレが巻き付いた時より必死で抵抗する灯野に思わず笑った。
…ああ、オレは幸せなんだ。
ここにいる皆はオレを一人の仲間として見てくれる。
当然のように受け入れてくれる。
今のオレには成重だけじゃない。
成重もオレだけじゃ、ない。
もう二人きりではないんだ。
今でもオレにとっての一番は成重だけど。
同じくらい大切な存在が出来たから。
だから成重の一番は譲ってやるよ。
ただたまに、構って欲しくて割り込んでいくことがあるかもしれないけれど。