S◇ 主灯


親に捨てられた日から深く眠れた事などない。
いつでも眠りは浅く、誰かの気配を感じると目が覚めた。
ましてや自分以外に人がいたら眠ることすら出来なかった。


布団に横になって、薄暗い天井を見上げる。
「なあ灯二、まだ起きてるか?」
他の奴らが気を利かせてくれて部屋の中には二人きり。
離れていた分少しでも一緒にいたかっただけだから、もう眠ってしまってても構わない気持ちで呟いた。
「…まだ起きてる、けど?」
ためらいがちな返事が聞こえて横を見る。
手を伸ばせば届くくらいの距離。

「そっち行って良いか?」
「は?!」
だけどその距離が何だかとても寂しく思えた。
返事を聞かないうちに、もそもそと自分の布団を抜け出して灯二と同じ布団に潜り込む。
「え、…そういうもん?」
「まあ、なしではないだろ。」
「そうなんだ?」
灯二が兄弟って言うのを理解しきっていないように、俺にだってどんなものが兄弟らしいかなんて分からない。
でもあえて言い切ってみせると思いのほか簡単に灯二は布団に入れてくれた。
素直なのはすげえ可愛くて良いけど、こんなんじゃ騙されたりしないか少し心配だ。
「お前体温高いなー。あったかい。」
「何だよ…子供扱いすんな!」
ぴったりくっつくと流石にじたばたと暴れられてしまった。
でもその体温が心地よくて、風呂上がりのせいか何だか良い匂いもして離れる気にはなれない。
こんな風に誰かのぬくもりを感じるなんて初めてで、その相手が灯二だからこそ余計にずっとこうしていたいと思えた。

灯二の動きを封じるようにぎゅっときつく抱きしめた。
「カ、カズヒ?」
腕にすっぽりと収まる抱き心地の良い体もその体温も。
俺の名を呼ぶ優しく響く声も。
全てが愛しかった。
「カズヒ…カズヒってば」
灯二の声は子守歌のように俺の中に染み渡っていく。
そっと、目を閉じた。



ふと、目を開けると灯二の無防備な寝顔が目に入った。
可愛い奴、と思わず笑みを浮かべてからやっと気付く。
「…あれ?」
さっきまでの記憶と何かが違う。
…しっかりと抱きついたままなのは変わらなかったが、いつの間にか周りは明るさが増していた。

「俺、寝てたのか…?」
眠ってしまった事にも気付かなかったくらい自然に。
こんなに近くに灯二がいたのに、全然気にならないほど熟睡したのか、俺は。
初めての事に驚いてしまった。
けれどすぐに思い当たる。


ああ…お前、だからなのかもしれないな。
灯二の傍は不思議と心が休まる。
こんなに安心出来る場所があるなんて、俺は知らなかったよ。

改めて灯二を抱きしめて、俺は目を閉じる。
起きるにはまだ早い。
それにもったいないからもう一眠り、しよう。














ぎゅっと抱きしめられて身動きがとれない。
でもおれに触れるカズヒは優しくて、大切にされているような気がするから何だか嬉しい。
「カズヒ…寝たのか?」
僅かに身をよじってカズヒの顔をのぞき込むと瞳は閉じられていて規則正しい息遣いも聞こえた。
…本当にこの格好で寝たのか。

せっかくだからもっと、話とかしたかったな。
だけど普段より無防備な顔で眠るカズヒを起こすのも気が引ける。
…やっぱ疲れてるんだろうな、って思った。

「まつげ長いなー…。」
身動きがとれない以上、眠る事しか出来ないんだけどまだ眠くはない。
こんなに近くで顔を見れる機会なんてそうないだろうから、遠慮なく見つめてみる事にした。
整ったきれいな顔。
…同じ血が、流れてるなんて何だか不思議だ。

顔に垂れていた真っ黒な髪をそっと掬ってみる。
さらり、と柔らかく手を流れていく。
「んんー…。」
起こしたかなとどきっとしたけどカズヒはぎゅっとおれを抱きなおして満足そうな顔をしたまま、また寝息をたて始めた。

うわあー…。
何だろう、可愛い。
おれより年上なのにその姿が可愛いく見えた。



普段は見られない一面を目撃出来た事が嬉しくて、おれからもカズヒに腕を回す。

「オヤスミ。」
呟いてみたものの、しばらく眠れる気はしなかった。
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