幕恋 大鈴

なぜそんな顔をする。
…なぜそんな目で俺を見る。
不逞浪士を切り捨てるのが俺達新選組の役目で、正義だろう?
なのにどうして桜庭、お前は――…。


はっきり言って不愉快だった。
せっかくの、人を斬った高揚感も台無しだ。
だから本当は触れたくない話題だったけれどこちらから口を出した。

「あんたさあ、文句があるなら聞くけど?」
「え?」
いつものように不逞浪士を斬って、あの視線を感じたからくるりと振り返ると、驚いたように見開いた瞳と目が合う。

あんなに分かりやすく視線を送ってきてるくせに気付かれてないとでも思ったのだろうか。
それとも自分の行動にさえ気付いていない?
…どちらにしても気に入らないね。

「何か言いたいことがあるんだろう。」
見据えると、戸惑ったように視線をそらされる。
「戦意のない奴を斬るな、とか?」
「分かっているのならっ…!」

今度は目を逸らすことなく真っ直ぐに対峙する。
その行動がいちいち癇に障る。
「止めないよ。それが俺達の仕事だ。」第一ね、刀を持った以上死ぬ覚悟をしているはずだ。
殺すか殺されるかのどちらかしかないし、そうであるべきだ。
なのに途中で戦うことを止め命乞い?
そんな奴を見逃してやるなんて冗談じゃないだろう?

「でも、何も殺してしまうことはないと思います。捕縛するとか、他にも方法が…。」
「あんた、馬鹿?そんな考え持ってたら油断した途端にざくっと殺られるよ。」
「だけど私は…!」

これ以上綺麗事を吐き続ける気か。
真剣で真っ直ぐな瞳がやけにいらついて背を向けた。
「大石さん!」
背後で呼ぶ声がするけど俺は立ち止まりはしなかった。


…どうせ平行線だって分かっていたけど。
俺達の考えが交わることなど有り得ないと分かっていたのに…何がこんなにいらいらするのだろう。
あんなのは綺麗事だ。
綺麗な綺麗な。
自分勝手な、ただの偽善だろ?


数日後、他の隊士と巡察中にまた不逞浪士に襲われた。
もちろん軽く切り捨ててやるつもりだった、けれど。
「た、助けてくれ…!」
目の前で命乞いされて。
あの女の顔が浮かんだ。
その瞬間、向けていた剣が僅かに鈍る。
それに気付いた相手が刀を振るった。

『油断した途端にざくっと殺られるよ。』
ああ、ほらね。
俺の言ったことは正しかっただろ。

――体に衝撃が走った。ばたばたと無遠慮に音を立てて、足音が近付いてくる。
「大石さん?!」
真っ青な顔で部屋の扉を開け放った桜庭は、俺を認めて深い息をついた。

「良かった…無事だったんですね…!」
心底嬉しそうにそんな事を言うから、面を食らってしまう。
「大石さんが斬られたって聞いて、私…。」
「やかましい女だね。…確かに斬られたよ。」
僅かな嫌みも込めて、包帯が巻かれた腕を差し出してみせる。
まあこの程度で済んだのは幸運、だったのかな。
「わ、大丈夫ですか?!」

すぐに表情が変わる。
…真っ直ぐで、綺麗な人間。
あんなにいらいらしていたはずなのに今桜庭を見ても、なぜかそうでもない。
良く分からない感情に黙り込むと桜庭はふと笑みをこぼした。

「…何?」
「いえ、同行していた人に聞いたんですけど大石さん、命乞いをした相手を助けようとしたって。」
それでこんな傷を負うなんて馬鹿でしかないけどね。
ついでに攻撃された勢いでその相手も斬ってしまったし。
俺のしたことは結局何の意味も成さなかった、と言うわけ「嬉しかったです、私。」
だからそんな言葉がくるとは思わなかった。
「私の言ったことを理解、しようとしてくれたんですよね?」

何だそれ、どこまで自意識過剰なんだこの女。
そう思うくせにとっさに反論の言葉が出てこなくて。
桜庭は笑みを深くして言った。

「分かってます、私の言っていることは偽善なのかもしれないって。これが正しいことなのかなんて分からないし。」
「…へえ。分かっていてそう主張し続ける根拠でもあるのか。」

「正しいのかは分かりませんが…私は、自分の考えが間違っているとは思っていませんから。」
きっぱりと言い放つ。
どこまでも真っ直ぐに。

それは偽善などではなく、信念と呼べるものなのかもしれない。
だからこいつはこんなにも綺麗なまま。

「…参ったね。」
俺はくっと笑う。
多分、俺はあんたのその心の在りようが気に入らなかったのだろう。
俺には持ち合わせていない、綺麗なもの。


あんたはそれで、良い。
己の道をただ真っ直ぐに進めば良い。
それこそ嫌みでも何でもなく思った。
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