幕恋 芹鈴

建物の中にいるというのに、じりじりと暑い。
「くそっ…。」
汗がにじんでいらいらしながら屯所を歩いていると、ふいに風が吹き抜けた。
横に目をやると部屋の襖が全て開け放たれていて、だから風が通るのだということを知る。
そしてちょうど日陰になっているその部屋の中に、誰かが横になっているのが見えた。
普段なら素通りしてやるところだがうだるような暑さの中この場所だけは快適で、つい室内に足を踏み入れた。
ついでのように部屋の人物に近づき、屈んで正体を確かめればそれは唯一の女隊士。
「…。」
桜庭はずいぶんと気持ち良さそうに眠っている。
おまけにいくら屯所内であっても緊張感というものが足らんと思うくらいに、間抜け面。
第一こんなに近くに誰かがいたら普通気配を感じて目を覚ますべきじゃねえか。
軽くため息をついて立ち上がろうとしたら、く…と何かにひっぱられた。
見ると桜庭の手が俺の着物の裾をしっかりと掴んでいた。
まだ眠っているからこの行動は無意識なのだろうが、この俺に対してずいぶんと命知らずなことをするもんだ。
…乱暴にその手をはがすことも、起こして文句の一つでも言ってやることは簡単だった。
「…まあ、良い。」
俺はどかっとその場に腰を下ろす。
この場所は涼しく過ごしやすい。
暑さにいらいらしていた気持ちは消えていた。
「…酒でも持って来りゃ良かった。」
こいつの寝顔が無防備すぎて。
つられて眠ってしまいそうだ。
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