これからもよろしく
俺には最近、楽しみができた。
それはミヤジさんの勉強会の手伝い。主に4〜6歳くらいの子どもに絵本の読み聞かせをしている。
みんなで敷物の上に座り、最初こそ離れたところで絵本を見つめている子どもたちだけど、内容に集中するあまり絵本を乗せている俺のあぐらまで迫ってくることもしばしばだ。
それから手が回れば、もう少し年上の子どもたちが練習している文字書きにも付き合う。
こうして子どもと触れ合っていると、主様がこのくらいの歳の頃とつい比べてしまう。主様は自己主張は強めだったけれど、他者を思い遣ることができる心根のやさしい子だったと思う。
主様、どうしてるかな……。
今日は主様もお出かけされると小耳に挟んでいた。ご友人と街を散策されるらしい。天使の襲来を想定して誰かが警護に付いているだろうけれど、そこまでは聞いていない。
主様自身が俺を担当から外すことに決めた。
それがすべてだ。
俺にはまったく関係が無くなったかといえばそういうわけではなく、今まで距離が近すぎた故の冷却期間だと思っている。ハナマルさんからは『遅かった子離れ、お疲れさん』と、散々焼酎を飲まされた翌朝、二日酔いでガンガンする頭をぐしゃぐしゃに撫で回されながら労われたっけ。
「ミヤジ先生、フェネス先生、今日もありがとうございました」
年長の子どもたちの挨拶に背中を押されながらエスポワールの街を後にした。
街から歩いて帰っていると、途中で主様専用の馬車が屋敷の方から近づいてきた。御者台にはユーハンの姿が見える。どうやら主様の護衛は彼のようだ。
ユーハンも俺とミヤジさんに気づいて、頭を下げて通り過ぎて行った。
すれ違いざま見えた馬車内の、主様の姿に胸がざわめいた。お化粧が心なしか濃いめに……いや、気のせいだ。
気のせいだと思っても、そういえば誰と出かけるんだとか、どこの馬の骨ともしれない男だったらどうしようとか、いやいや、ミヤジさんの勉強会で知り合った友人だろうとか、いろいろ考えてしまう。
そして、遅めの子離れをしたはずの俺は、玄関ホールに佇んで主様のお帰りを待つのだった。
夕方を過ぎた頃、馬車がポーチに停まった。お出迎えに行くか、それとも身を隠した方がいいのか、悩む間もなくユーハンにエスコートされた主様がご帰宅された。
「……フェネス?」
「あ、主様……お、お帰りなさいませ」
気まずい沈黙が流れ、お互いに、
「あの、」
「あのね、」
とハモった。それからお互い話を譲り合い、それでは、ということで主様から口を開いた。
「あのね、これ、街に最近できたばかりのパイ屋さんで売ってたキノコパイ」
胸に大事そうに抱えていた紙袋を、主様は俺に差し出してきた。
「私が食べたときは焼きたてだったからすごく美味しかったの。あとでロノに温め直してもらってね」
キノコパイをいただいたこともだけど、それ以上にまたこうして話ができることの方が何十倍も嬉しくて……そして己の浅慮を恥じて、俺はみっともなくボロボロと涙を溢した。
「ふぇ、フェネス!?」
驚く主様に、俺は告白する。
「俺、主様の口から今度こそさよならを言われたら、本当にどうしようかと……うっ、ぐすっ、なのに、自分のことしか考えていなかった俺に、主様はこんなにもやさしくしてくださって……」
驚いた顔を見せた主様だったけど、ふわりと笑うとハンカチを出して俺の目元を拭ってくださる。
「ごめんなさい、フェネス。私の態度が誤解を招いたよね。
あなたのことが嫌いになったわけじゃないの。あなたに振られてヤケになって傷つけてしまった。本当にごめんなさい」
そう言った主様の頬にも涙が一筋、伝っていった。
それはミヤジさんの勉強会の手伝い。主に4〜6歳くらいの子どもに絵本の読み聞かせをしている。
みんなで敷物の上に座り、最初こそ離れたところで絵本を見つめている子どもたちだけど、内容に集中するあまり絵本を乗せている俺のあぐらまで迫ってくることもしばしばだ。
それから手が回れば、もう少し年上の子どもたちが練習している文字書きにも付き合う。
こうして子どもと触れ合っていると、主様がこのくらいの歳の頃とつい比べてしまう。主様は自己主張は強めだったけれど、他者を思い遣ることができる心根のやさしい子だったと思う。
主様、どうしてるかな……。
今日は主様もお出かけされると小耳に挟んでいた。ご友人と街を散策されるらしい。天使の襲来を想定して誰かが警護に付いているだろうけれど、そこまでは聞いていない。
主様自身が俺を担当から外すことに決めた。
それがすべてだ。
俺にはまったく関係が無くなったかといえばそういうわけではなく、今まで距離が近すぎた故の冷却期間だと思っている。ハナマルさんからは『遅かった子離れ、お疲れさん』と、散々焼酎を飲まされた翌朝、二日酔いでガンガンする頭をぐしゃぐしゃに撫で回されながら労われたっけ。
「ミヤジ先生、フェネス先生、今日もありがとうございました」
年長の子どもたちの挨拶に背中を押されながらエスポワールの街を後にした。
街から歩いて帰っていると、途中で主様専用の馬車が屋敷の方から近づいてきた。御者台にはユーハンの姿が見える。どうやら主様の護衛は彼のようだ。
ユーハンも俺とミヤジさんに気づいて、頭を下げて通り過ぎて行った。
すれ違いざま見えた馬車内の、主様の姿に胸がざわめいた。お化粧が心なしか濃いめに……いや、気のせいだ。
気のせいだと思っても、そういえば誰と出かけるんだとか、どこの馬の骨ともしれない男だったらどうしようとか、いやいや、ミヤジさんの勉強会で知り合った友人だろうとか、いろいろ考えてしまう。
そして、遅めの子離れをしたはずの俺は、玄関ホールに佇んで主様のお帰りを待つのだった。
夕方を過ぎた頃、馬車がポーチに停まった。お出迎えに行くか、それとも身を隠した方がいいのか、悩む間もなくユーハンにエスコートされた主様がご帰宅された。
「……フェネス?」
「あ、主様……お、お帰りなさいませ」
気まずい沈黙が流れ、お互いに、
「あの、」
「あのね、」
とハモった。それからお互い話を譲り合い、それでは、ということで主様から口を開いた。
「あのね、これ、街に最近できたばかりのパイ屋さんで売ってたキノコパイ」
胸に大事そうに抱えていた紙袋を、主様は俺に差し出してきた。
「私が食べたときは焼きたてだったからすごく美味しかったの。あとでロノに温め直してもらってね」
キノコパイをいただいたこともだけど、それ以上にまたこうして話ができることの方が何十倍も嬉しくて……そして己の浅慮を恥じて、俺はみっともなくボロボロと涙を溢した。
「ふぇ、フェネス!?」
驚く主様に、俺は告白する。
「俺、主様の口から今度こそさよならを言われたら、本当にどうしようかと……うっ、ぐすっ、なのに、自分のことしか考えていなかった俺に、主様はこんなにもやさしくしてくださって……」
驚いた顔を見せた主様だったけど、ふわりと笑うとハンカチを出して俺の目元を拭ってくださる。
「ごめんなさい、フェネス。私の態度が誤解を招いたよね。
あなたのことが嫌いになったわけじゃないの。あなたに振られてヤケになって傷つけてしまった。本当にごめんなさい」
そう言った主様の頬にも涙が一筋、伝っていった。
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