視野を広げて

 主様から連日ラブコールを戴き続けてきたのに、まさか俺から振るだなんて。

「俺は何てことをしてしまったんだ……」

 ここは別邸一階。ユーハンとテディはそれぞれ別々の依頼で部屋を空けている。俺は育児のプロであるハナマルさんに話を聞いてもらうために夕食後に押しかけてきた。
「まあまあ、いいんじゃねぇの。子離れができて」
 焼酎をストレートで煽ると、茶化すことなく真剣に向き合ってくれる。
「生まれたばかりの赤ん坊だった主様が、俺じゃなくてお前の腕を選んで以来、いずれこの手の悲哀が付きまとうのは分かってたさ」
 俺の手の中の、ロックで飲んでいた焼酎のグラスが、カランと音を立てた。
「ハナマルさんも、こういう感情を経験してきたんですね」
「俺? 俺ねぇ……うーん」
 ひと口、ハナマルさんはグラスに口をつけてから少しだけ思案する。
「忘れた」
「えっ」
「何人も子どもがいたからなー。もしかしたらそういう感情もどこかにあったかもしれねーけど」
 それは実にハナマルさんらしくもあり、同時にすごく真摯な回答だと思った。
「なぁフェネス、知ってっか?ペットロスの一番の癒し方」
「それなら……新たなペットを飼うこと、ですよね」
 ご名答、と言ったハナマルさんは口の端を持ち上げる。
「俺たちの主様をペットになぞらえるのもおかしな話だけど。
 お前、せっかく子供たちから人気があるんだからさ。ミヤジ先生の勉強会にもっと足繁く通って、そいつらを構い倒すのもいいんじゃね?」
 俺の頭をワシワシと掻き回してハナマルさんは、そーら飲むぞと、まだ焼酎の残る俺のグラスになみなみと透明の液体を注いだ。

 主様の方から距離を取ってくださっているんだ。
 これを最大限に活かして、街の子どもたちともっと触れ合ってもいいのかもしれない。

 俺は二日酔いの頭を抱えながら、ハナマルさんの言葉を噛みしめるのだった。
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