ーーー私 の夢、希望、妄想です。
IWGP
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「どう思う?」
隣に座った女が、唐突に口を開いた。
それまで膝に置いた文庫本に夢中だったから、俺のことなど気付いてないかと思っていた。
「どうって?」
何を指しているのか分からず、聞き返した。
隣の女、幼馴染の私子はやっと本から顔を上げた。その表情は一言で言って、うんざりって顔。
「ギャングが仲良くお誕生日会って、どう思うって聞いてるの。」
私子がちらりと視線で指した先には、楽しそうに拳をぶつけ合う挨拶を繰り返すハイテンションな男達と、コンパクトを覗き込んで入念に化粧をチェックする女達。男は変わらないが、女たちのファッションはいつもより気合が入っているのが分かる。露出度が1.5倍。
いつもだって、肝心な所しか隠さない服を着ているのに。今日はもう大盤振る舞いもいいとこ。見ているこっちが恥ずかしくなるくらい。
隣の私子は相変わらずの制服姿。スカートは清楚な膝丈だ。
「誕生日だとかクリスマスだとか、パーティーばっか。浮かれすぎ。」
見た目は清楚でも、悪態は一人前。流石に俺と同じ西一番街育ちだ。
俺はそういう所に顔を出して、タダ酒を飲んでいるのであまり悪くは言えなかった。
「お前は?今日来ないの?」
今日は女達が特別に盛り上がるイベントがある。キングの生誕祭。大っぴらには宣伝されてないが、女達のスマホのスケジュール帳にはばっちり登録されている毎年恒例のイベントだ。会場はいつもの箱だし、特別なことは何もやらないが、キングとシャンパンを飲めるってだけで女達は蕩けそうな顔をする。
「いかなーい。お呼ばれされてないし。お誕生日会って、ちょーダサイ。」
私子には珍しいギャル言葉と、控えめに言って、さっき食べた夕飯を吐きそうって顔で思い切り嫌悪感を表してる。これでもキングのペットなんだから、祝いの言葉位掛けてもいいと思うけどな。
「じゃあタカシと何も予定ないの?」
「毎年ないよ。大体、誕生日だからってはしゃぐタイプじゃないでしょ。」
言えてる。どっかの勘違い芸能人と違って、タカシはこんな盛大なパーティーをやりたがってるとは思えないけど、奴を慕う人間が大勢いるから仕方ない。これも人気者の宿命ってやつ。
「マコトさんは今日行くんでしょ?伝えといてよ。」
私子が立ち上がって、スカートのプリーツを直す。
「何て?」
「同情するって。私は脇役人生でほんと良かった。みんなの前でケーキのろうそくを吹き消すなんて…」
そこで言葉を切って、私子はすばやく首を左右に振った。身震いのふりなのかもしれない。
「私だったら恥ずかしくて死んじゃう。」
じゃあねと文庫本を振って、公園を出ていく。駅の方に向かったから、きっと家に帰るんだろう。私子の足だって歩いて5分。見送りは必要ないだろう。
ぞろぞろと馴染みの箱に向かうGボーイズ&ガールズ。俺もその波に乗った。今日は御馳走と酒がタダ。ついでにキング目当てに集まった露出度満点の女達も見放題。酒池肉林。行かない訳にはいかなかった。それと孤独な王様には、昔ながらの道化師がにぎやかしになるだろうしな。
ラスタ・ラブに着いて、すぐにVIPルームに通された。
タカシはまだ店の奥で謁見の最中らしい。各チームのヘッドや幹部が、挨拶のために列を作ってる。確かに、ちょーダサイ(こんな言葉使いたくないが、この雰囲気を表すのに、この表現しかないのだ)。キングのペットに一票。
俺はVIP席で1時間ばかり待たされた。全然退屈なんかじゃない。だってキングを待っている間、美人のGガールズが酒と御馳走を持って何度も顔を見せてくれる。その度に、俺はちょっとその美人達にタカシとの仲良しエピソードなんかをしてやる。リップサービス。タカシの名前が出るだけで、女達はきゃあと歓声を上げて喜ぶんだ。女達の前では、俺は本当の道化師だった。馬鹿なふりをして、王様を持ち上げる。女達はそれだけで満足そうに帰って行く。ここに来なかった私子は正解。これなら、家で音楽でも聞きながら、文庫本を読んでいる方がずっとマシ。
俺がうんざりとし始めた頃、タカシがやっとVIPルームへの階段を上がってきた。
ディオールオムのウエストがうんと絞ってある白いサマースーツ(モデルにしか着られないような非合理的なプレタポルテ)に、中は肌の透けそうなおぼろげなシャツのボタンを3つも空けて着こなしている。
赤いベロアのソファーに腰を下ろした途端、俺の10倍くらいうんざりした顔をして、ふーと溜息を吐いた。こんなに疲れ切った王様に、私子からの伝言は辛辣すぎてとても口には出来なかった。だって、的を得過ぎている。
「よう、誕生日まで公務御苦労さん。」
労いの言葉のつもりだったが、タカシは皮肉にとったようだ。俺を一度氷のような目で見てから、鼻を鳴らした。
「こんなことなら、あの時に死んでお前にキングの座を譲ってれば良かった。」
シヴィル・ウォーのことだ。こんな弱音を吐くなんて、王様は随分疲れているようだ。
「なら、パーティーなんかやめたらいいだろ。」
空気がぐっと下がる。俺は地雷を踏んだようだ。
「俺がやりたくてやってるように見えるか?」
とても見えない。これ以上怒りに触れないよう、俺は口を閉じていた。
「奴らの息抜きとチームの交流会みたいなもんだ。別に俺の誕生日を祝ってるわけじゃない。」
本気でタカシの誕生日を祝ってるGボーイを何人かあげてやろうかと思ったが、ますますタカシをうんざりさせるだけだから、やめておいた。
その時、VIPルームにケーキとシャンパンが届いた。給仕はもちろん選りすぐりの美人達。
フロアを見下ろせば、妬ましそうにVIPルームを眺める女達。もしここにいつもタカシを独占する私子がいたら、トイレでボコボコにされただろう。やっぱり犬は鼻がきくもんだ。
ガールズはここぞとばかりにタカシに祝いの言葉を掛けている。タカシの言うとおり、本当に誕生日を祝ってるのではなく、タカシと話をするために誕生日をネタにしている感じ。
それでも王様は忍耐強かった。片頬を上げ、一人ずつに頷いて見せる。女達は順番にKOされ、足元をふらつかせながら部屋を出ていく。防音ドアを閉めた途端、ガラス越しに女達がきゃーきゃーと叫び合ってるのが分かる。発情したサルみたい。
俺は綺麗にカットされたケーキを見て言った。
「タカシ、いつの間にろうそく吹き消したんだ?」
俺が来る前に誕生日の歌も歌ってしまったのだろうか。
タカシが思いきり、馬鹿か?という顔で俺を見る。俺だって傷付くことがあると、王様は知ってるんだろうか。
「誰がそんな事するか。そんな事させられるなら、俺は今すぐにキングを下りる。」
ふんと鼻を鳴らし、シャンパンを煽った。空になったフルートグラスにシャンパンを注ぎながら、俺は笑ってしまった。タカシが片方の眉を吊り上げる。
「私子から伝言。ここに来る前、ウエストゲートパークで一緒だったんだ。」
「何だって?」
「お前に同情するって。みんなの前で誕生日ケーキのろうそくを吹き消すなんて、自分だったら恥ずかしくて死ぬって言ってた。気の合うペットがいて良かったな。」
俺が笑うと、タカシもようやく笑った。
「この街にまともな奴が居て良かったよ。私子はもう家に帰ったのか?」
「そうみたいだ。お前、私子のこと呼んでないのか?」
タカシは首を横に振る。
「こんな所に連れてきても退屈だろ。その調子じゃ、またやっかみを買うだけだしな。」
頷いた。私子はGボーイズの中であまり評判は良くない。俺と同じで、チームには入らないし、タカシをキングとして扱わないから。それに俺は男で、チームに協力もするけど、私子は女で、チームに貢献もしないのに、何かあればキングに守られている。何より、タカシの隣の席に当たり前に座るので、Gガールズには目の敵にされている。服装も顔もスタイルも地味なのに、キングの隣に座るなんて図々しい。カマトトぶったスラット(スラットはビッチって意味だ。奴ら、中学英語もまともに出来ないけど、スラングにはすごく詳しい)って感じだ。本人はそんな陰口もあまり気にしてないようだけど。
さっきまでピザやポテトをたらふく食ってた俺は、口直しに甘そうなケーキに手を伸ばした。
定番の生クリームにいちごの乗ったケーキだ。どれだけ大きなケーキを用意したのか知らないが、フロア中の人間が楽しそうにケーキをつついている。
いちごはイマイチだったが、クリームは滑らかで、スポンジが少ししっとり。なかなか美味いケーキだった。けれど、タカシは一口食べて、皿ごとテーブルの向こうへ押しのけてしまう。王様の口には合わなかったみたいだ。
「もう食わないのか、タカシ。」
3口でケーキを片付けた俺を横目で見て、欲しければやるという。
きっと高いケーキだろうに、勿体無い。遠慮なくケーキを手に取り、口に運ぶ。
タカシはもう俺から顔をそらし、ぽつりと言った。
「私子の作るケーキの方が美味い。」
私子がケーキを作れるなんて初耳だ。
「へぇ、あいつ料理なんか出来るんだ。」
ちらりと俺を見て、タカシが片頬を釣り上げて笑う。
「あいつ、毎日の弁当だって自分で作ってるんだ。料理の腕はなかなかだぞ。」
幼馴染の知らない一面だった。
誕生日には何もやらないと言っていたが、ちゃんとケーキは作るんじゃないか。
「じゃあ、明日にでも私子の手作りケーキでお祝いするのか。」
「別に会う予定はない。それにケーキなら、先月もうもらったからな。」
「先月?」
「いつ会えるか分からないから、誕生日が近付いたら用意してるんじゃないか?それにあいつはおめでとうなんて一言も言わないから、最初は誕生日ケーキだなんて気付かなかった。」
あいつらしいやり方。生意気な奴だが、あれでかなりシャイなんだ。
「あいつはどんなケーキ作るんだ?」
「今回はフルーツタルトだった。レモン風味のクリームで、あまり甘くなくて美味かった。」
「その前は?」
「ミートパイだったな。」
俺は誰かにそんな手の込んだ手料理を貰ったことなんかない。ムカムカしながら聞く。
「その前は?」
何故か、タカシが呆れたように、横目で俺を見た。
「その前はお前に羽交い絞めにされて、顔面にパイをぶつけられた。西口公園で。」
苦笑するタカシに、俺もようやく思い出した。
もうその時にはタカシには家族は居なくて、誕生日を俺と私子と3人で過ごしたんだった。
ファミレスで何時間も馬鹿話をして、夜は街をブラついて、遊び回った。夜遊びはいつもパスする私子も、その日は特別に一晩中一緒に居たっけ。
俺も私子もタカシをあんまりしんみりさせたくなかったから、夜明け前にそんな悪戯をやったんだ。
コンビニでジュース買ってくるなんて言って、俺は先に用意してあったぶつける用のパイと食べる用のケーキを家に取りに行った。
私子とパイプベンチに腰掛けているタカシを後ろから羽交い絞めにしてやった。
いくら雷のような右ストレートだって、それじゃ打てないだろう。
紙袋からパイを取り出して、私子がニヤリと笑ったのを覚えてる。
俺と私子が叫んだのはハッピーバースデーだった。
次の瞬間にはタカシは顔をパイまみれにしていた。俺も私子も腹を抱えて笑った。
まぁ、その後は顔じゅうパイだらけのタカシと追いかけられて、二人共噴水に放り投げられたんだけどな。
全身びしょ濡れになりながら、ベンチに戻ってケーキを食べ、3人で朝まで馬鹿みたいに笑い合ってた。良き思い出。
「あの後、お前の部屋で3人で雑魚寝したな。」
「したした。そしたら、おふくろが怒鳴りこんできて。」
朝、市場へ行くために起き出したおふくろは、3人分の靴を見て俺の部屋へ飛び込んで来た。
俺の部屋は四畳半。その中で男二人と女一人(私子はガキだったが、まぁ一応性別上女だ)でぎゅうぎゅうになって寝ていたので、おふくろは昔の人間らしく3人を叩き起こして説教を始めた。嫁入り前の女の子と男二人が並んで寝るなんて何事だという。
俺もタカシもよく頭が働かないまま正座をさせられ、私子は寝惚けたままおふくろの部屋へ連れて行かれ、おふくろのベッドで眠ってたらしい。おふくろはいつだって俺より私子に甘いんだ。
「あの頃は何もなかったけど、馬鹿みたいに楽しかったな。」
おかしそうに笑いながら、タカシは言った。
まぁ、俺はあの頃から何も変わってないから、何とも言えないが。
タカシはここ数年で環境や立場が大きく変わった。多くを手に入れたし、その分多くの何かを失ったのかもしれない。俺は馬鹿なので、励ますような事は言えなかった。事実だけを言う。
「今だって俺もお前も私子も居るし、何も変わらないだろ。俺はいつだってお前の顔にパイをぶつけてやるよ。」
タカシは遠い目をして、少し微笑んだ。
「…何も変わらないか。お前らしいな。ところで、お前の誕生日いつだっけ?」
こちらを見た王様の目が笑ってない事に気付き、俺は一人冷や汗を垂らした。