契約恋愛
あまりにも見てくるもんだから、居心地が悪くて目を逸らしてしまった
なんだか負けた気になったけど、そんな私の内心なんて気にも留めずに先生は言う
「元気そうでなにより」
「っ……」
昨日から心配をかけまくっている相手からのその言葉は心にグッとくる
泣き跡は見せてしまったけど、存外普通に過ごせているのはこの人のお陰だ
先生の訳のわからない言動によって気が紛れているのは明らかだ
こうしていつも通り登校して、お弁当を食べて
そのお礼を口にするか否か、迷っている内に先生はもう一つ言葉を発した
「で……考えてくれた?」
「何をですか?」
わざとらしく言ったのは、お礼のチャンスを逃してしまったことを誤魔化す為じゃない
あの馬鹿げた提案を口にすらしたくないからだ
見られていた仕返しとでも言うようにじっと見つめ返して、先生の様子を伺った
「何って……わかってるくせに」
表情を変えずに言う先生は、やはり本気なのかと正気を疑う
ため息をつきながらこう言うしかなかった
「何度でも言いますし知ってると思うんですけど、私失恋したてのホヤホヤなんですけど」
「だからじゃねぇか」
「そもそも、先生と生徒が何言ってるんですか」
「それはホラ、内緒にしときゃいいだろ?」
「そういう問題じゃ……!」
この人には秩序とかモラルとかは無いのだろうか
生徒との恋愛を教師から提案してくるなんて、こんな頭のおかしい担任は生まれて初めてだ
その軽蔑の眼差しをしっかり受け取って尚、先生は私に詰め寄って来る
「誰のお陰で今日気が紛れたと思ってんの?」
「え……いや、それはっ……」
「メッセージも無視されて、傷付いてんだけど俺」
「あー……スミマセンでした……」
いやいやいや
それ貴方が勝手にやってることですから
どうしてこうも私に構ってくるのか
心配をかけてしまった負い目はあるけど、流石に度を越していないだろうか
これじゃあ違う意味で生活に支障が出ると、なんとか先生にはわかってもらわなくては
「あの……銀八先生」
「ん?なに。決心付いた?」
「じゃなくて!もうっ……そういうのいいですから。確かに先生には助けられましたけど……ありがとうございますって思ってますけど……ソレとコレでは話が違うじゃないですかっ……」
「そんなに嫌?俺のコト」
「そういうわけじゃ……!」
ちゃんと否定をすればいいものを、希望を残した言い方を逃さないのはやはり国語教師だった
「俺はお前の事が心配なんだよ」
「だからっ……命を助けてくれてありがとうござ「それもあるけどそれだけじゃねぇだろ」
言葉を遮られて黙った私に、先生は畳み掛けてきた
「失恋して……もう恋なんてしない……なんて、昔の歌みたいに思ってんだろ、お前」
「え……」
「辛いのはわかるけどよ、それって勿体ないだろ」
「…………」
「そもそも、あんな男の為にお前が犠牲になるのはおかしいし。こんな青春真っ只中の17歳が、恋愛諦めてどうすんだよ」
だって怖いもの
また傷付けられて、悲しくなって苦しくなって
どうすれば涙が止まるかわからなくなった
今もそう
こうして先生と喋っていたって、結局頭の片隅にはそれがある
学校にも来れたし、お弁当も食べれた
だけど心の傷が帳消しになることなんてない
ちゃんと私は辛いまま―――
「だから……俺でリハビリしろって言ってんだよ」
私の表情から全てを読み取った先生が真顔でそう言った
ふざけても、揶揄ってもいないその顔は、私の心と身体を心配してくれている担任教師そのものだった
思わずすがりそうになる
けれどこんな甘え、許されるのだろうか
「まぁ難しく考えんな、恋愛ごっこみたいなもんだ。お前の傷が癒えたらちゃんと辞めるからよ」
ニヤッと笑った顔がいつもの先生で、緊張していた私もその顔に安堵の思いでため息を吐き出した
「……ですよね」
「え?なんて?」
「だからっ……ちゃんと優しくしてくれるんですよね?」
「何その言い方。エロい意「傷が癒えるまでですからね!!」
銀八先生の言葉を遮って、恥ずかしさから思わず立ち上がった
昨日から、本当に感情の起伏が激しくて疲れる
上から先生を見下ろせば、上目遣いのニタニタ顔が返ってきた
「じゃ、契約成立ってことで。よろしく、ハニー」
「ハ、ハニー!?やめてください!その呼び方は!」
「ちなみに俺はダーリンて呼ばれ「もう用は済みましたよね!?私帰ります!!」
真っ赤な顔を晒して、乱暴にドアを開けた私の後ろで先生はじゃあなと優しい声を掛けてくれる
不覚にもキュンとしてしまった私は、もう一度乱暴に進路指導室のドアを閉めた
クラスメイトに遅れを取った帰路にようやくつけた私の足取りは、重かったけど速かった
効果音を付けるなら、迷わずドスドスと付けるだろう
失恋と恋人が同時に手に入って、訳がわからない頭は容量オーバーでパンク寸前だった
想い人に振られて心の整理をつけなきゃいけないのに、負荷が増えてどうするの
私は心を休ませたいの
何も考えなくていいように、出来ることなら引き篭もりたいのに
流れで了承してしまったけど、先生と恋人ごっこだなんてっ……
頭を掻き毟りたいくらい混乱していたけど、カバンの中のスマホが振動しているのに気が付いた
取り出して開いてみる
嫌な予感は的中して、その場に立ち尽くしてしまった
『寝る前に電話しようぜ♡』
出来ることならこのスマホをぶん投げて、音信不通になりたかったけど出来る筈もなく
これから毎日こうなのかと思うと、気が休まる日なんて来ないと絶望するしかなかった
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