契約恋愛


あの後すぐ、桂くんが教室に入って来て気不味い雰囲気を壊してくれた
銀八先生と2人で居たことなんて気にも留めず、エリザベスと今日の予定を話している
職員室に戻ると席を立った先生は、最後に小声で私に囁やいた


「ちゃんと返事よこせよ?」


そう言って、桂くんに見えないように頭を撫でて教室を出て行った
先生と入れ違いに教室に入って来るクラスメイト達
銀八先生と挨拶を交わしている声が聞こえる
何事もなかったように
いつもの朝のように
私以外がそう世界を生きている
声を掛けてくれるお妙ちゃんの声も、朝から元気な神楽ちゃんの姿も
昨日と同じなのに私だけ昨日と違う
それを先生は知っている筈なのにっ……





「どういうつもりなのよ!!」ダンッッ


一瞬で教室内が静まり返り、みんなの視線が私に突き刺さる
滅多にあげない大声を無意識に出してしまって注目の的だ
どうしたのよと寄ってきたさっちゃんに捕まって、誤魔化すのに苦労した
貴女の恋焦がれている担任は結局軽い男みたいだよなんて、口が裂けても言えないと思いながら落ち着けと自分に言い聞かせてなんとかやり過ごしていた

不幸中の幸いか、午前中は銀八先生の授業は入っていなかった
そのせいか、私のスマホは忙しくメッセージを受信しているようだ
カバンの中で振動するスマホ
最初はまさかと思い開いてしまったが、本当に送られてきた先生からのメッセージに顔が引き攣ったのはどうしようもない生理現象だった


『今日の弁当なに?』

『午後一で俺の授業だな。楽しみだろ?』


うん
返事はしないでおこう
既読を付けてしまったことを悔やみながら、その渦中の弁当を貪っていた
今日は本当は食欲がなくてお弁当はいらない筈だった
それでもお母さんに心配をかけまいと、断る事も出来ずに持ってきたお弁当
少し手を付けて、申し訳ないけど捨てようと考えていたんだけど……
いつの間にか完食していた


「ああああ!?りおぉ!私にくれる筈のタコ様ウインナーはどうしたネ!?」

「あ……ごめん。食べちゃった……」


オーマイガァァァと頭を抱える神楽ちゃんを余所に、自分の食欲に驚きを隠せないでいた
まぁアレだ
先生がイライラさせるから
イライラを落ち着かせるには食べないとだから
綺麗になった弁当箱を片付けながら、先生の術中にハマっているとも知らずに私の不機嫌は帰りのHRまで続いた

そしてまた、私を翻弄する事を先生が言ってのける


「あ、りお。帰る前に職員室に寄ってくんね?」


ようやく帰れると思ったHR
ざわざわと他のクラスメイト達が教室を出て行く最中、こうして呼び止められてしまった
先生にも負けない死んだ目を向けて無言の抵抗を試みるも


「進路の話」


なんて言うもんだから、周りからは頑張れなんて声を掛けられた

絶対嘘だと思うけど





腹が立ったからわざと30分も間を空けて職員室に行った
銀八先生は目で私を捕らえると、ゆっくり立ち上がって白衣を揺らしながら進路指導室まで案内した
その後ろ姿を見て思う
こうやって呼び付けたり、ひっきりなしにメッセージをよこしたり、先生の行動の意味がわからない
私を励まそうとしてくれているのは確かだと思うけど、あの言葉の意味もどう受け止めていいものやら……


「座って」


先生の声と椅子を引く音にハッとして顔を上げた
机を挟んで向かい合う先生の様子を怪訝な表情で伺う
私のあからさまな威嚇態勢にプッと吹き出した先生は、足を組みながらクイッと眼鏡を上げた


「警戒し過ぎだ」

「だっ……しょ、しょうがないじゃないですか……!」


動揺して上手く口が回らない
それすら笑われた気がして目を細めた先生が、前のめりになって古びた机に頬杖をついた


「飯は食えたみたいだな」

「……食べましたけど?」

「お前のことだ。喉を通らないとか言ってんのかと思って」

「その予定でしたけどね。何故かイライラするんで食が進んでしょうがなかったです」


嫌味ったらしく言ったつもりだったのに、目の前の先生は相変わらずニタニタしたまま私を見つめていた


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