契約恋愛
消せばいいものを、あのDMに目を通せば涙が溢れてくる
楽しかった幼少期を思い出して、あの頃はと感傷的になる
案の定眠れる筈もなく、綺麗な朝日を浴びることになった
私がどんなに苦しんでいようとも日は昇る
時間は誰にでも平等だと、いつもの一日が始まった
瞼は腫れているけど思った程ではない
先生との約束を守る為に泣きつつも冷やすことを忘れなかった
失恋中だというのにそういうことには気が回るんだと、何処か客観的に捉えている自分に少し驚いた
玄関を出る時は少し緊張した
彼とは学校は違うが、家は近所だった
会う日もあれば会わない日もある
意図的に会う日を作っていたと言った方がいいかもしれない
そこまでしていた自分が哀れに思えて、いつもより早く学校へ向かったのが始まりだった
「あ」
「あ」
初めて教室に一番乗りした私を出迎えたのは銀八先生だった
まさかあの怠慢先生がこんな早く教室に居るなんて思わず挨拶を忘れる
慌てて取り繕おうとしたけど、先に先生の冷やかしが入った
「どうよ、朝イチでイケメンを拝める気分は」
「先生、冗談は顔だけにして下さい」
恩人に向けていい言葉じゃなかった
目上の人に対する言葉じゃないのは重々承知しているが、この担任にはこれくらいがいいと思っている
案の定、何も感じていないのかいつもの無気力顔で近付いてきて、昨日と同じ甘い匂いを漂わせていた
「先生……虫歯になりますよ?」
「コレが俺の主食だから。歯はちゃんと磨いてるし」
「どんな主食ですか。ちゃんとした生活送って下さい」
呆れた顔を向けたが効いていない
私の席まで付いてきて、席に着けば前の椅子に跨がってこっちを見てくる
先生が何を言いたいのかはわかっているつもりだ
先生との約束を守った私をじーっと見て口を開いた
「目ぇ赤いな」
「……泣きましたから」
「でもちゃんと来たな」
「先生と……約束しましたからっ……」
「おー、偉い偉い」
わしゃわしゃ撫でられるのはデジャブではない
昨日、確かにこの大きな手の平で頭を撫でられたのを覚えている
まるで子供をあやすように先生は、私に払われるまで髪を弄っていた
「子供扱いしないで下さいっ……」
「なら……大人扱いしてやろうか?」
フッと笑った先生が、机越しに顔を近付けてそう囁やいた
朝の日が差し込む教室に先生のそんな顔は似合わな過ぎて、突っぱねる様に白けた目を向けた
「……どういう意味ですか」
「さぁ。どういう意味だろうな」
次にはもういつものニヤケ顔
朝からコロコロ変わる先生の百面相に付いて行けずに、お構い無しに頬杖を付いて顔を背けた
やっぱり来るべきじゃなかったかもしれない
いつも賑やかな3Zの雰囲気に私はそぐわない
こんなしょぼくれて塞ぎ込んでいる私が居ていい場所じゃない
少しでも油断すれば涙が滲んでくる
先生にどう慰められようとも、そう簡単に切り替えられる程強くはなかった
「りお」
「……なんですか、先生」
少しずつ廊下が騒がしくなって、いつ誰が教室に入って来てもおかしくない時間帯だった
こんな教師と生徒が2人きりの所を見られたら何を噂されるかわからない
もうそろそろ出て行ってくれないかなと返事をしながら冷たい視線を向けたけど、そんな私の態度なんて無視して先生は続けた
「なぁ、お前個人にメッセージ送っていい?」
「え?あのっ……クラスのグループのやつじゃなくて、ですか?」
「そ。担任としてー……じゃなくて、一個人として」
「い、いいんですか?先生がそんな個人的なことしてっ……」
「さぁ?知らね」
私の戸惑いなんかスルーして、先生はスマホを親指でポチポチし始めた
私の問いに答えてくれない先生は、何かを打ち終えるとフッと口角を上げて前を見てきた
「まずはお友達からってことで」
「は?」
カバンに入れたままのスマホが振動している
薄々感じてはいたけど、先生からのメッセージに思わず声が出た
良いか悪いかは置いといて、先生は私と個人的にコンタクトを取ろうとしているようだ
仕方なくスマホを取り出して確認する
目の前のニヤケ顔に誘導されているようで癪に障ったけど仕方がない
画面を見ればため息しか出なかった
「……先生。私とやり取りって……何がしたいんですか」
「だからぁ、昨日言ったじゃねぇか」
「きのっ……」
忘れていたわけじゃないけど、そう言われて思い出して言葉に詰まる
あれは先生の冗談でも慰めでもなかったんだ
こんなに近付いて、目を見つめられて
朝の清々しい空気が一気に色めきだった
「俺と恋愛しね?りお」
眼鏡の奥の瞳がいつもより澄んでいて、それが本気なんだってことが流石の私にもわかってしまった
.